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「これ、何か入っているんでしょうか」
朔太郎が戸惑っていると、店主は「さぁ。石っころでも紛れこんだかねぇ」と、とぼけたような顔で答える。
「で、あんた、これをどうする? こんなガラクタ要らないっていうんなら置いてってくれても構わないよ。こっちで適当に廃棄するから」
「廃棄、ですか」
店主は腰をかがめて徳利に顔を近づけると、少し意地の悪い口調で「面倒なことはなにもないよ。モノがゴミになるのは一瞬だ。あっという間に他のものと一緒に粉々に砕かれて、埋立地の土となるだけだからね」と囁いた。
その声に反応するように、朔太郎の手にある徳利がかすかに震えた――ような気がした。
「次の資源ごみの日はいつだったかねぇ」
再び掛けられた声に、今度はさっきよりもはっきりと徳利が震えるのを感じる。
(やっぱり、何か変だ)
そもそも、祖父の手紙からして十分奇妙なものなのだ。朔太郎は店主が手にしている名刺に手を伸ばした。
「ところで、この名刺のことなんですが」
手紙に同封されていた名刺に書かれていたのは『バケモノよろづ相談処 中辻屋』という文言と、電話番号だった。
「これって、何かの冗談なんでしょうか」
「冗談だって?」
くつくつと笑うと、彼は手にしていた名刺を返してくれた。
「その名刺にある電話番号はこの店のものだよ。俺があいつに仕事を取り次いでいたからね」
「えっ……、じゃあ、そこに書かれた『バケモノ』っていうのは」
「文字通り『化ける者たち』って意味だよ。おまえさんも聞いたことがあるだろう? 化け猫とか、狐に化かされたとか、そういう話」
「はい……。でもあんなのは」
「全部でたらめだっていうのかい?」
店主はこちらにちらりと目を向けると、ニッと笑った。
「あんたのじいさんはな、山に棲む『バケモノ』と、里に住むヒトの間で揉め事があれば呼ばれて行って調停したり、場合によっては駆除することを生業としていたのさ。だが、それも昔の話だ。今はもう、山で悪さをするやつなんていない。戦後の開発ラッシュで里山が激減してからは、バケモノどもは山を下りて、人間社会に溶け込んで暮らすようになったからな」
「――はっ?」
(待って待って、付いていけない!)
困惑のあまり言葉を失っている朔太郎に構うことなく、彼は続ける。
「もともと人に化けるくらいだ。やつらは人間さまが大好きなのさ。だから今では――」
朔太郎のそばに顔を近づけると、店主は小さな声で囁いた。
「人に化ける獣たちは、俺たちのすぐ隣で暮らしてる」
「……まさか、そんなこと」
さすがに担がれているとしか思えない。そんな朔太郎の内心を察したのか、彼は肩をすくめると、「……ま、そんなこたぁ特に知らずとも、問題なく生きていけるがな」と付け加えた。
「あんたがこれを受け取らないってんなら、この話は忘れておくれ」
店主は朔太郎が手にしていた徳利をひょいと取り上げた。
「恒の訃報を教えてくれてありがとう。これはこっちで適当に処理しておくから――」
「ちょ、ちょっと! 待ってください!」
思わず声を上げて、取り上げられた徳利に両手を掛ける。
「あのっ、今の話が本当に本当なら、この中に入っているものって……もしかして」
(そんなのあり得ないって、頭では思うのに――)
さっき聞いた短い悲鳴と手のひらに伝わったかすかな振動を思い出して、額にじわりと変な汗が浮かぶ。
その様子を見て、店主はかすかに頬をほころばせた。
「あんたのじいちゃんはな、バケモノが憎くてこの仕事をしていたわけじゃない。この徳利のことだって、ここに来るたびに気遣ってはいたんだよ」
少し不憫なものを見るような目つきで、彼は手にしていた徳利を朔太郎に差し出した。
「あいつにこれを託されたんだ。それならもう、腹を括るしかないだろうね」
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