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(結局、引き取ってしまった……)
社宅に戻り、折り畳みテーブルの上に徳利を置いて溜息をつく。生活に最低限必要な家具やベッド、小さな冷蔵庫がある程度の単身者向けワンルーム部屋の中で眺めるそれは、篭屋で見たときよりもずっと浮いて見えた。
栓の上に貼られたお札は経年劣化で今にも破れそうだ。紙の表側には筆で文字が書かれていたが、くずし字で書かれているため、朔太郎には解読できなかった。
(『バケモノ』だのお札だの。中身を確かめる気には到底ならないな)
手の中で震えた徳利が生き物のように思えて、その場の勢いでつい引き取ってしまったが。冷静に考えると気味が悪いし、クローゼットの奥にでもしまっておくか――、そう思って徳利を手に立ち上がった時。
「ゥォンッ!」
突然、徳利が吠えた。驚いた朔太郎は「うわっ」と叫ぶと、手にしていた徳利を放り出してしまった。
「な、何? 今の」
(吠えたよな。絶対、吠えたよな?)
畳の上に落ちたのが幸いしたのか、徳利は割れなかった。ホッとしたのも束の間、貼られていたお札が落下の衝撃で完全に破れてしまっていることに気が付く。
(やば。……お札が破れたってことは、つまり)
恐る恐る確認すると、徳利の栓がひとりでに左右に振れているのが目に入り、思わず「ヒッ」と声が洩れた。
栓は最初小刻みに、緩むにつれて大きく振れ始める。恐ろしくて部屋の隅まで逃げた朔太郎が遠巻きに見守っていると、栓はついに注ぎ口からぽろりと抜け落ちて、徳利の中から何かが転がり出てきた。
(――あれは、)
たまたま窓から差す光に照らされてきらりと光ったそれは、ビー玉だった。ラムネの中に入っているような薄い水色の硝子玉は、まるで意志を持った生き物のようにころころと近づいてくると、朔太郎の前で突然ぽんと跳ね、まっすぐに飛びかかってきた。
「ぎゃああっ」
思わず目をつぶって両手で顔を覆い、防御の姿勢をとる。……が、何かがぶつかる気配はない。恐る恐る目を開けてみると、目の前にはいつの間にか絣の着物を着た小さな男の子がしゅんとうなだれた状態で座っていた。
「は――、えっ?」
どっから来た? と反射的に周りを見回したとき、「ぼ、僕、騙されたんです」とか細い声で男の子が呟いた。
「何も悪いことしてないのに……。あんなところに閉じ込めるなんて、あんまりだよ」
男の子の目にじわりと涙が浮かび、あとは言葉にならない。べそべそと泣き続けるその子を、朔太郎は呆気に取られて眺めることしかできなかった。
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