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「……落ち着いた?」
折り畳みの簡易テーブルを挟んで、朔太郎は着物姿の男の子と向かい合っている。かくいう自分も、この現実的ではない状況を前に、落ち着いているとはとても言えなかった。
(『バケモノ』だなんていうから、どんなヤバいものが出てくるのかと思ったら)
相手は小学校低学年くらいの少年で、特に敵意もなさそうだ。まずはこの子に話を聞いて、何が起こっているのかを把握しなければ。
ホットミルクを作って目の前に置いてみると、男の子はマグカップに鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。
「それは牛乳をあっためたやつ」
声を掛けると、彼は赤く腫れぼったい目で、朔太郎を疑わしそうに見上げた。
「ぎゅうにゅう?」
「牛の乳だよ」
「うしのちちなら、飲んだことある」
恐る恐る小さな舌を出してぺろりと舐めると、ふわふわした茶色い髪の隙間からのぞく三角の耳がぴんと立った。マグカップを両手で抱えるように持つと、男の子はホットミルクを一気に飲み干した。
「あのさ。その耳って、本物なの?」
名残惜しそうに空のカップを覗きこんでいる男の子に訊ねると、彼は慌てたように両手で獣の耳をぎゅっと押さえつけて、怯えたような目でこちらを見上げた。
「こ、これは……、うまく消せなくて」
「消す?」
「狐のやつらなら、耳もしっぽもうまく消せるんだけど、僕はあいつらみたいにうまく化けられなくて。だから嫌われてしまって」
「嫌われたって、誰に?」
「里のひとたちに」
男の子の目にじわりと涙がにじむ。
やはり、この子は篭屋の主人が話していた『バケモノ』というやつなのだろうか。
「ええと……そうだな。まずはきみの名前を教えてくれないかな」
怖がらせないように優しい声色で語りかけると、彼は「おかわりくれたら」と言って、おずおずとカップを差し出してきた。
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