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満足いくまでホットミルクを飲ませると、男の子から話を聞きだした。まず、この子の正体は犬で、名前はマルというらしい。
「あぁ、だから『〇居』かぁ」
名刺裏に書かれていた文字を思い出して呟くと、マルは徳利を指して「これの持ち主は僕を騙したひどいやつ!」と力強く訴えてくる。
祖父とマルとの間に何があったかは知らないが、おそらくは祖父の生業だった「バケモノよろづ相談」という言葉と関係がありそうだ。
「この徳利の持ち主はね、依頼があればバケモ……、いや、化ける動物と人との揉め事をおさめる仕事をしてたんだって。……もしかして、きみ、人に化けて人間と揉めたりした?」
朔太郎が尋ねると、マルは途端にしゅんとして俯いた。
「小さなころ、僕を飼ってくれていた人が死んで、野良になっちゃって。迷い込んだ山で出会った狐が、人に化けるやつだったんだ。そいつに頼み込んで、化け方を教えてもらったんだけど」
「化けるって、練習すればできるものなの?」
驚いて尋ねると、マルは首を傾げて「分かんないけど……、見よう見まねで練習したら、この姿に化けられるようになったよ」と答える。
「だけど、耳としっぽだけはどうしても消せなくて。仕方がないからそのまま里に下りてみたら、『犬のバケモンが悪さをしにきた』って鉄砲で撃たれそうになって……、すごくびっくりした。まさか殺されそうになるなんて」
「化けたりせずに、犬の姿のまま里に下りればよかったんじゃない?」と言ってみると、「野犬なんて追っ払われるだけだから。人の姿になれたら、また里で暮らせると思ったんだ」と言って、マルは肩を落とす。
「それってつまり、マルが化け方を覚えたのは、里で暮らすためだったってこと?」
「うん。……小さなころ、僕を育ててくれたご主人は、お手やお座りをするだけですごく褒めて可愛がってくれた。だから僕が人に化けられるようになったら、きっとみんなすごいすごいって褒めてくれると思ったのに……。まさか、あんなことになるなんて」
当時を思い出したのか、涙目になったマルは膝をぎゅっと抱えこんだ。
「慌てて山に逃げ戻ったんだけど、徳利を持ってやってきたあいつに捕まっちゃって。色々聞かれて話しているうちに、化けくらべで僕が勝ったら見逃してやるって言われて」
「化けくらべ?」
「人間だけど自分も化けられるんだって言ってたよ、あいつ。でもそれは罠だったんだ」
口惜しそうに手のひらをギュッと握りしめると、マルは続ける。
「まずはおまえがビー玉になってみろ、って言うから。そんなことで見逃してくれるのならとビー玉に化けたとたん、徳利の中にぽんと投げ込まれて封をされて……」
「……で、今までずっと閉じ込められていたんだ」
こくりと頷くと、マルは膝を抱えた両腕に顔をうずめた。
「僕はただ、人と暮らしたかっただけなのに」
どうやらマルは化けることを「お手」や「お座り」と同じレベルのものだと思い込んでいたらしい。人に褒められたくて頑張った結果、鉄砲を持って来られるとは、なんとも切ない話だ。
(……人と暮らしたかっただけ、かぁ)
祖父はマルの本心を知っていたのだろうか。
――あんたのじいちゃんはな、バケモノが憎くてこの仕事をしていたわけじゃない。この徳利のことだって、ここに来るたびに気遣ってはいたんだよ。
ふと、篭屋の主人の言葉を思い出した。……もしもそうだとすれば。祖父が朔太郎に託したかったことは、きっと――。
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