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いつもは稽古をする朝の時間。学校に人の気配はない。私一人が、セーラー服のスカートをゆるい風にゆらしている。
茂みに踏みこんですぐに祠はみつかった。こぢんまりとしていてもまとう空気は厳かで、かなり由緒がありそうだ。
サクヤ様ってなに? と昨日調べたら、縁結びの神様の名前が木花開耶姫だと知った。なんか納得。
作法通りに二礼二拍手一礼。気合いが入って、空手の形みたいにやたらとキレがよくなった。
どうか先輩に、私の想いが届きますように。
額の先に集めた願いをあわせた手のはざまにねじこむと、サクヤ様の力なのか。
ここにくるまでは迷ってばかりだった心が、すっと一つにまとまった。
よし。明日、告白しよう。精いっぱい気持ちを伝える。断られたら、スッパリあきらめる。
アヤ子とナベのおしゃべりに、自分の願望を重ねるとはイタすぎだ。先輩の影を追いかけるのはやめにする。
両手を強くにぎり、体にそわせて小さくふった。背筋をのばして踵を返す。
だけどテキパキ動けたのは、ここまでだった。
茂みの先で朝の日ざしをあびる詰め襟男子が、私のスイッチを切った。
先輩だ。
トットット。私の鼓動にあわせ、先輩は小径を踏んで前に出る。手をのばせば届く距離で止まった。
「こんなに早いなんて。よかった、会えて」
いつものやさしげな面差しは消え、頬が硬い。
「妹が吉田さんのことをよく話してくれるんだ。すごくうれしそうにして」
「妹?」
「渡辺アヤ子」
「えー。先輩、アヤ子のお兄ちゃんなんですか? ぜんぜん気がつかなった」
「ありきたりな苗字だからしかたないよね」
先輩は何度も手のひらをズボンに押し当てている。
なんで先輩、ここにいるんだろう。私が今日、祠にいるのを知ってるのは。
そこまで考えて一気に首から上が熱くなった。
ひゃー、私の気持ち筒抜けだ。
すぐそこに立つ先輩の顔をまともに見ることができない。知らず知らず、視線がさがる。
心の準備がまったくない。どうする、リカ子。明日、告白するのも今するのも同じだぞ。
落ち着け。こういう時こそ平常心だ。
大きく息を吸おうと顔を上げると、待っていたかのように声がかかった。
「つきあってください」
目の前にさげた先輩の頭がある。差し出された右手は少しふるえていた。
この手をにぎると恋が実るの? 神様っぽく言うと恋愛成就。
はあー、サクヤ様、やるなあ。
いえいえ、アヤ子、ありがとう。
あわせた手のひらは、とてもあたたかかった。
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