深夜の訪問者

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深夜の訪問者

 むりむりむりむりむりむりむり。  自室に戻されたミュゼは、膝を抱えて青ざめていた。すっかり体の熱は冷め、耳と尻尾は引っ込んでいる。  ミュゼの腕を振り払って怪我を負わせたルズガルは、あれからすぐに立ち上がって人を呼ぶと、ふり返りもせずに出て行った。  教育が行き届いているらしく、手当をしてくれる間女官たちはなにも言わなかった。とはいえ、性交が不首尾に終わったことは察しているだろう。当然王の耳にも入るはず。  明日、なにか罰があるのかなあ。  わからない。わからないから不安は募る。  ミュゼに与えられた部屋は、祖母と暮らした家とは比べものにならないくらい立派で、寝台はふかふかだ。昼に寝かせられていたのもこの寝台だが、女官の手が入ったらしく、なにもかもまっさらに整えられている。それが逆に落ち着かなかった。  ――そうだ、服、服!  風呂に入れられたとき、着てきた服はくれぐれもそのままにしておいてくれと頼んであった。女官の沈黙からは「は?」という抵抗を感じたものの、一応〈花嫁様〉の命だ。捨てたりしないでくれたらしい。  絹の寝間着を脱ぎ捨てて、部屋の片隅に置かれた自分の服に着替えると、ミュゼはやっと少し落ち着きを取り戻した。  あとはすみっちょ! すみっちょで寝る……!  綺麗なベッドの上ではなく、部屋の隅、家具と家具の隙間に隠れるように体をねじ込んで、膝を抱える。すうっと息を吸った。自分の匂い、祖母と暮らした貧しい家の匂いに安堵して、ミュゼは目を閉じる。疲れていたのだろう。無理な体勢でも、睡魔はたやすく入り込んだ。  誰かが扉を開ける気配で目覚めたのは、深夜のことだ。  ――誰?  扉の外は、ミュゼが逃げられないよう兵士がふたりがかりで見張っているはずだった。女官だとしたら、特別言葉を交わすこともなく入ってきた様子なのはおかしい。  訝しんでいると、人影は真っ直ぐ寝台に近づいた。当然、そこにミュゼの姿がないことに気がついて声を上げる。 「いない? いったいどこへ――」  ――ヤプシだ。 「あ、あの、ここ、です」 「どうしてそんなところに?」  ヤプシが足下を照らしていた燭台をこちらに向ける。「すみっちょが落ち着くので……」と答えると、ヤプシは無言で目を瞠った。恥ずかしい。 「こっちへおいで」と苦笑交じりに促され、ミュゼはのそのそと物陰から這い出ると、寝台に並んで腰を下ろした。 「あの、ヤプシ様は、どうしてここへ……?」 「君の様子を見に来たんだよ。怪我をしたんだってね」  やっぱり、儀式の間でのことは筒抜けらしい。ミュゼは羞恥心で頬が熱を持つのを感じながら「た、たいしたことないです」と告げた。 「可哀想に、ルズガルは乱暴だから……」  ヤプシは布の巻かれたミュゼの手を取り、労るように重ねた。ルズガルとは正反対のやさしい仕草に、ほっと緊張が解けていく。 「……あの、ヤプシ様」 「うん?」  ヤプシはやさしく先を促して、さらにミュゼの手に頬ずりする。どうもヤプシは自分で言っていた通り、スキンシップ方面に獣の習性が強く残っているようだ。 「今の王様も王子様も、別に〈神判の花嫁〉から生まれなくても、立派な方々で、国を治めるのになんの心配もないと思います。ヤ、ヤプシ様も、こんなに……おやさしいし」 「ありがとう。それで?」  訊ねながら、ヤプシはミュゼの指先をぺろりと舐める。  指先なんて、食事で汚れたら自分でだって舐めるのに、ヤプシにそうされると、なんだか背中がむずむずとした。 「ん……っ、な、なので、おれなんかもう必要ないんじゃないかなって思うんです。なんとか、ヤプシ様から王様に、おれが家に帰れるようにお願い……わっ」  すべて言い終わらないうちに、ヤプシがミュゼの肩口に鼻先を埋めてきて、そのまま寝台に押し倒された。 「君はいい子だね」  言われて見上げると、ヤプシの耳は獣のものに変化していた。尻尾も左右に大きく振れている。じゃれあっている程度だった力はいつの間にか強くなっていて、振りほどけない。柔らかな物腰だから錯覚するが、元々彼も山猫族だ。華奢なミュゼにはとうてい押しのけられない。  ヤプシの笑みを、蝋燭が妖しく照らす。 「いい子だから、このまままぐわってしまおう」
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