2.

6/6
前へ
/19ページ
次へ
「これで最後だ。はっきり言わせてらう。悪いが、俺は人に恨みがあるんだ。あんたほどじゃないが、俺の生まれ育ったところもひどい人間しかいなかった。勇者の血族だからといって、か弱いものでも幼子でも何だってやらせる……人間は……ひどいものだ。俺はこの世を救いたいと、これっぽっちも思っていない」 「そうか」  身を隠し、城下を抜けここまでやってきたのは魔王にとっては一大決心だった。  だいたいの記憶があいまいで、何も残っていない自分の中に、知らず知らずのうちに積み重なっていたものがある。それを自覚したあの日、いてもたってもいられなくなってしまった。 (そうだ。痛みだ。それで私は城を出たのだ)    それは勇者だけにしか、取り去ることができない。もう、待ってはいられない。勇者を探しにいかねばと一念発起したのは先の新月の夜のことだった。  魔王は地に伏した。  思い出すだけで、身がよじれそうになる。新月の夜、ぞろぞろと魔の者が腹の魔法陣から這い出てくる感触。夜通し続くその痛みたるや、おそらく、記憶を留めておけないのはこれを忘れるための性質なのだと、初めて自覚した。  でなければ、とうにどうにかなっている。魔王はそう、解釈した。  しかし、あのときばかりはこれまで幾千と続いてきた苦痛が、翌日になっても忘れられずにいた。  苦しみの記憶が大波のよう押し寄せ、それがこの先も永遠に続いていくのだと思うと、突如として耐え難いものになった。  自分ではどうすることもできない。魔王は自分の本当の願いを、今、ようやく思い出した。 「……それでもどうか……。私はもう疲れ果ててしまったんだ。あの耐え難き痛みがまた……新月が来るのが恐ろしい……。勇者よ、どうか救ってくれないか。世界でも、他の誰でもなく、私を」  どくん、と勇者の心臓が跳ねた。胸が射抜かれたように痛む。衝撃によろめく足を何とか踏ん張り、呼吸を整えるが、意に反して頭に血が上っていく――。  この感情の昂りは、なんとしても彼を救いたいという衝動だ。  勇者が初めて感じる気持ちだった。こんなにも心が強くなることを他に知らない。  魔王の瞳から滴るものが、乾いた土に沁み込んでいく。その染みはまるで荒れ地に咲いた一輪の花のようで、身につまされた勇者の心に色を灯した。 「それが本音か。ならば、救う」
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加