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「聖なる剣が泣いているぞ。勇者よ。宿命から目を背けるな」
剣を吊り下げて歩いていることなど、とうに忘れていたというのに。とっさに抜いたことに自分でも驚いた。
確かに剣は泣いている。ただ受け継いだまま手入れもせず、まともに抜いた記憶すらない。ある時は高所にある木の実を落とすために使われ、またある時は杖のように扱われ―― 当然、剣身はすっかり錆びついている。勇者と呼ばれた男は、そのことに今、気が付いた。
「あんたは誰だ? どこでそれを? あいにく、家業は店じまいしたんだ。とっくの昔、ひい爺さんの代にね」
「そんなこと、赦されるわけがない」
「誰に赦されないって? こんな世の中、救ってどうする。騙し、脅し、奪い、犯し、殺す。それしかない。人は救えど救えど、それを繰り返してきた。詮無い話しだ。だから先代たちもやめちまったんだろう」
「世界が滅びてしまうんだぞ。いいのか、勇者よ」
「いいだろ、もう。いまさらどうにもなんねぇよ。それに、そうだと言われてきただけで、俺は自分の力がどんなものかすら知らん。興味もねぇ」
「君は自分も、人の世も諦めているのだな」
「そうだ。ほっといてくれ。もう話すことは無い。――行っちまえ」
大男は立ち去る様子もなく、しばし黙り込んだ。
自分から立ち去るのはどうも癪だ。男は再び、泥を攫い始めた。
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