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 最後に勇者と呼ばれたのはいつだったか。  思い返してもひどい記憶しかない。  世に荒んだ心を持つ人が増え、憂いた先代たちは勇者の役割を放棄した。次第に人里を離れ、人目につかぬ場所に腰を据え、ひっそりと終末を見守りながら静かに暮していた。  しかし、欲に目が眩んだ従者に密告され、勇者の血を引く女が世に引きずりだされてしまった。教会に身柄を預けられ――といっても本来の役割は果たしていない場所だが――魔王を討伐しない罰だと、さんざん迫害されたあげく、半ば無理やり跡継ぎを産むことを強要された。  勇者とは、何かを守るべく気概と力が潜在的に備わってると聞く。だが、こうして生まれた男に人々を救いたいなどという気持ちが湧き上がるはずもない。  年端もいかぬうちから剣を持たされ、厳しい訓練が課せられた。そして成果が見られなければ母親が折檻を受ける。折檻を受けた母もまた、夜な夜な、まだ幼子だった男を折檻したのだった。  ――こんな人間共を、誰が救うというのだ。何が勇者だ。  男は母親が死んだ日、こっそり教会を抜け出した。以来一人きり、人間から逃げ隠れしてきた。  ただ、時折、訳も知れず奮い立つことがある。とはいえ、見渡す世界の荒れように鼻白み、それも一瞬のことで終わる。一人で何ができるわけでも無し。もとより、この手で何かを救えるとも思った事がない。  勇者は指の間をすり抜けていく泥を、ただ虚しく見つめていた。 「私と、旅に出ないか?」  ようやく口を開いたかと思えば、大男は突飛な提案を出した。   「どこへ?」 「腹をすかしているんだろう? 私の城に招待するよ。これでも一国一城の主なんだ。盛大にもてなしてやろう」 「どういうつもりだ? 分かってるぜ。見ただけで俺が何者か分かる奴なんてただ一人。おびき寄せて殺すつもりか? 魔王」
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