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ささやかな夕餉を済ませ、風よけの布を貼る勇者を横目に、身を横たえてくつろぐ魔王が人差し指を向けた。
「そろそろ、腰をあげてくれないか。勇者よ」
こうして食後も働いているのは自分ばかりだ。魔王が何を言っているのかまるで分からない。勇者は自分に向けられた魔王の指先をまじまじと見つめた。
尖った爪は人と違っていて、分厚く節くれだって固そうだ。
「なんのことだ。あんたこそ、火の具合を見て枯れ枝を火にくべるだとか、やることあるだろう。少しは動けよ」
「私は君の前で無防備に食事をとり睡眠までとっているんだぞ」
「ああ。魔王って眠るんだな」
「あえてだ。寝ずともいられる。わざわざ隙を見せてやってるというのにいるのに」
「へぇ。俺もだよ。眠らない体質かと思ってたけど、これも勇者だからなのかね?」
「据え膳食わぬは男の恥だぞ。さっさと討伐しないか」
「ああ、そういうことか。俺はやらないよ。そう言ったじゃねえか」
「この首1つで、世の荒廃が止まるんだぞ。世界は救われる」
「そんなに言うなら自分で勝手に死んでくれ。それか、あんたが勇者になればいい。この剣をやるよ。ゆけ! 魔王よ。魔の者を殲滅してこい!」
あはは、と声をたてて笑い、勇者は剣を転がした。
「勇者とは、剣で受け継がれるのか」
「あんたはどうなんだよ。どうやって魔王になったんだ? 初めから魔王だったのか? 教えてくれたら話してもいい」
魔王は身を起こし、腕組みをした。
「よし。話してやろう。さすれば、私を討伐する気にもなるだろう。それと、言っておくが、私は勇者の剣以外で死ぬことはできない」
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