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 魔王城の城下にはごく小さな町がある。そこには住まうのは魔王に仕える人の一族だった。彼らには、彼らだけの伝承があり、それを守り暮らしていた。  彼らだけの伝承――それは、魔王の作り方だ。  太古、どこからか魔王はあらわれた。  魔王は魔を生み出し世界を破滅へ追いやる。それを討伐するため、特別な力を授かり生まれたのが勇者だ。敵対すると同時に対の存在でもある。  はじめから、彼らの間にあるのは追い追われる宿命――勇者が魔王を倒すと平和が訪れた。  しかし、それも長くは続かない。  人々が平和の価値を忘れた頃になると決まってまた新たな魔王が君臨するのだ。  それを生み出しているのが、魔王城城下の一族だった。  平静の世の裏では魔王作りが始まっていた。依り代となる人を用意し、あらゆる苦痛を与え、負の感情が頂点に達したところでその体に魔を呼び寄せる陣を敷く。  こうした説明だと単純に思えるが、まず、あらゆる苦痛を与え、負の感情を頂点に持っていくまでかなりの時間を要する。なぜなら、その苦しみは人の知りえる範囲を超えていなければならないからだ。  しかも、依り代になる人間にとって、何が苦痛に当たるかは、それぞれ違う。凡例はまったく参考にならず、施術者も探り探りの作業になる。  つぎに、魔王となるものの腹に描かれる陣だが、これはそれほど複雑なものではないと聞く。では、何が障壁になるかといえば、それはいわずもがな、体だ。  やはり魔の者を通り道にするとなると、耐えうる体が必要だ。  その体造りも手間がかかる。魔の者から採取した瘴気を少しずつ取り込ませ、それは、人ならざる者のように容貌が変わるまで続ける。どのみち、苦痛に耐えうる体でなければならないのだからそれについては依り代となった時点から強化が始まっている。――と、まあ、大変根気のいる作業である。  これらすべてを経験してきた本人にはそのほとんどの記憶がない。魔王は長く記憶を留めておけない性質も植え付けられる。苦痛から逃げ出さないよう、また、役割に疑問を持たぬよう。魔王自身が認知しているのはほんの一部だ。    魔王が一つ覚えのように世界を滅ぼそうとする理由はここにある。実のところ、確固たる信念などもなく、その(さが)に従い存在しているだけなのだ。
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