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そんなものは、無い。ただ、探すために手がかりとなるものが必要であることは、ホステスから聞いていた。だから、俺は持ってきた。机の上に、ドカッと乗せる。喫茶ハレルヤの店頭に飾られていた食品サンプル。蝋でできた、ナポリタンだ。だいぶホコリを被っているが、俺の記憶そのままの形に再現された品だ。
「おお、これは素晴らしい。では、さっそく探してみましょう」
店主は寺町の地図帳を取り出し、喫茶ハレルヤと書かれた区画の真上に手をかざした。その手には、紫色の宝石がついたチェーンが吊り下げられていた。手を動かしているわけでもないのに、風が吹いているわけでもないのに、チェーンはゆっくりと左右に振れだす。次第に揺れが大きくなり、円を描き始めた。
これは、ダウジングか。地下水や金属鉱脈を探すときに行われる手法だ。フランスの見習い時代に、ダウジングをする占い師を見たことがあった。ダウジングの振り子は、喫茶ハレルヤの上で勢いよく回っている。
「確かに、この店にありそうですね。もっと詳しい場所を知りたいなら、家の間取り図を書いていただきたいのですが」
それは無理だった。なんとなく店内を書くことはできるだろうが、住居スペースはついさっき一度入ったっきりで、正確に思い出すことなどできない。「書けねぇよ、そんなもん」と舌打ちをする。
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