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「ソースが出来たら、そこにスパゲティを合わせるんだけど……先に茹でておかなきゃいけなかったんだわ。ごめんね。母さんったら、ちゃんと手順通りに書いてくれないと。スパゲティはお湯に塩を入れて。塩の量が書いてないけど……」
「あ、だいたいわかるから」
基本は、湯量に対して一パーセントくらい。俺は鍋に湯を張り、指先で塩つまんでパラパラと撒く。計らずとも、指先が量を憶えている。パスタを投入して、茹で上がるのを待った。
立ち昇る湯気を眺めながら、俺は不意に、自分の口の端が持ち上がっていることに気づいた。笑っているのか。久々の調理を、俺は楽しんでいるのだろうか。
厨房の窓ガラスに目を向けると、そこには薄笑いを浮かべるあいつが映っていた。俺の人生をめちゃくちゃにした、あいつ。俺が今日中に殺すと決めた、あいつ。
そう。あいつとは、俺自身だ。
少し店が有名になったくらいで調子に乗って贅沢三昧、遊び倒したツケがまわって店を手放した、俺。店の従業員とお客様に迷惑をかけておきながら、さっさと逃げ出した、俺。ヤケになって、安易に犯罪に手を染めるなんて、捕まって当然だ。自業自得。ダマされて金を取られた被害者の気持ちを考えたことがあるのか。何も言わずに実家に戻って、引きこもり。親の金をくすね、心配してくれる母親に暴力を振るうなんて、最低な人間のすることだ。
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