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「料理は、お気に召しましたか」
ついさっきまで調理をしていたはずなのに、手がこれっぽっちも湿っていない。ダメだ。こいつは、偽物だ。
「失格だ。全然、なっちゃいない。生地は、デトランプを練りすぎだ。グルテンが出て、歯切れが悪い。ソースはバターの風味が強すぎて、トリュフの香りが死んでるだろ。煮詰めのあまさを、モンテでごまかそうとするからだ。それから、フィレ肉の掃除が雑すぎる。アプランティからやり直せ」
俺がまくしたてると、シェフは頬をひきつらせながら頭を下げた。
「料理にお詳しいようですね。勉強になります。よろしければ、あちらの貴賓席でもう少し詳しくご教授ください」
促されるままに席を立ち、シェフの後をついていく。案内されたのは、厨房の裏口だった。振り返ったシェフの顔は、別人のように怒りを湛えていた。
「てめぇ、偉そうに講釈たれてんじゃねぇぞ。何も知らねぇくせに、料理本呼んだぐらいの知識で語るな、クズ野郎」
腹に重たい一発をくらう。このシェフは、料理の腕はからっきしだが、喧嘩の腕はそこそこたつようだ。痛みに堪えきれず、しゃがみこむ。「二度と来るな」と蹴り飛ばされ、俺は店の裏口から転がり出た。ゴミ箱を倒し、残飯にまみれながら舌打ちをする。
「こんな偽フレンチじゃ、最後の晩餐にはならねぇな」
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