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ドアを引くと、鈍い音のベルがカラカラと鳴る。店内も二十年前と変わらない。不揃いのテーブルに、メニューがびっしりとが貼られた壁、ステンドグラス風のアンティークなペンダントライト。テーブルを拭いていた女性が「いらっしゃい」と振り返る。一瞬怪訝そうに眉を寄せてから、花が開くように笑顔を見せた。
「あれ、もしかして、俊くんじゃない。柳川さんとこの」
憶えていてくれたのか。二十年前の看板娘も、寄る年波には敵わない。ママさんは、目尻に深い皺を刻んで「懐かしいわね。来てくれたの」とカウンター席へ座るように案内してくれた。
「今、何してるの」
「まあ、ちょっと。いろいろあって」
「何食べる」
「じゃあ、ナポリタンで」
俺が料理人を志したきっかけは、ガキの頃に食べたこの店のナポリタンだ。濃厚なケチャップソースとモチモチした麺がクセになる美味さで、喫茶ハレルヤに行きたいと駄々をこねて両親を困らせた憶えがあった。高校のとき、稼いだバイト代を握りしめ、ナポリタン目当てにこの店へ何度も通い詰めた。いわば、俺の原点。最後の晩餐にするには、最適の一品だ。
だが、ママさんは首を振った。
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