4人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめんね。せっかくだけど、もうナポリタンはやってないのよ」
愕然とする。落胆のあまり半開きの口から言葉がでない俺に、ママさんが説明してくれた。
「半年前に母さんが亡くなってから、作れないメニューがいくつかあって……」
昔から母娘の二人で切り盛りしてきた店。主な調理は齢七十を超える母親が担当していた。ところが昨年末、脳溢血でこの世を去ってしまったのだそうだ。娘は見様見真似で調理を兼任。しかし、母親だけしか知らないレシピもいくつかあったらしい。看板メニューのナポリタンは、受け継がれなかったのだ。
「作り方はノートに書いてあるはずんなんだけど、そのノートが見つからないのよ。ごめんね。母さん、どこに片づけたのかしら」
俺ならたぶん、この店のナポリタンを再現することは可能だ。ただし、ひと口でも味見できればの話。二十年前の思い出補正がかかった微かな記憶では、再現にも限度がある。それじゃあ、最後の晩餐にはふさわしくない。
「俺にもノート探させてくれないか」
勝手を言って、厨房に入らせてもらう。古いながら丁寧な掃除が行き届いていた。シンクの下や調味料棚の奥、冷蔵庫と壁の隙間など思いつく限りの場所を探ったが、ノートは出てこない。
最初のコメントを投稿しよう!