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待ち合わせの場所に、恋人の安藤隆俊は先に来ていた。
隆俊は私の姿を見て、手を挙げた。人よりも先に挨拶するのが彼の習慣だった。私はそこに彼の誠実さを感じ、彼と好き合い始めたのだった。
「やあ。今日もいい天気だ」
「ええ。桜の花も咲き始めたし」
そういえば、彼と付き合い始めたのは一年くらい前、桜も満開の頃だった。
「桜か」
隆俊は、私が歩いてきた桜並木の方に目を向けた。
私は先ほどすれ違った二人組の男の会話を思い出した。
『俺は桜が嫌いだな――』
『どうしてだ?――』
ふと、私は隆俊に桜のことをどう思うか聞いてみたくなった。
「ねえ?」
「うん。何だい?」
「桜って、どう思う? 桜の木とか、桜の花とかさ」
「今どきの風情のある質問だな」
恋人同士の甘い雰囲気のある質問には違いない。ただ、そこから引き出される答えには怖いものがあった。
桜が嫌いと言われたら、それは好みだから……、でも綺麗だと思われているものが嫌いって言う人は珍しいし、そう言われると価値観ってものにズレを感じてしまうかな――と、彼に対して不信感を抱いてしまうだろうことへの怖さ。
彼は、桜並木に目を向けたまま答えてくれた。
「僕は好きでもあり、嫌いでもあるかな。でも、好きと言える」
曖昧な答えだった。
「それはちょっと、ずるい答えよ。はっきりしない」
「ははは。まあ、純粋に好きって言うのも、格好つけすぎかなと思うんだよ。恥ずかしいね、それは」
「じゃあ聞くけど、桜の、どういうところが嫌いなの?」
「花が散って落ちたら、掃除しないといけないなあって、何か桜の木までが邪魔に思えてしまうところかな。ひどいよね。あんなに綺麗だ綺麗だと騒いでた桜も、花が散って落ちてしまったら、邪魔者あつかい。あれ? 別に桜には罪はないじゃん? ははは」
隆俊は笑った。
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