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桜の開花宣言が春の風とともにやって来た三月の下旬頃、昼下がり――。
私は桜並木の下を歩いていた。
私の前から男性二人組が歩いて来て、彼らとすれ違う時、その会話が耳に入ってきた。
「俺は桜が嫌いだな」
彼は桜の木を見上げながらそう言った。
――いるいる。そういう人。
私は心の中で、ちょっと軽蔑したような感想を漏らした。
しかし、これはまあ、好みというものだろう。綺麗だって言われるものが嫌いな人はいるだろう。
私は何気ない風で歩くのを止め、すれ違う男性二人組の会話が聞こえるまでその場に立ち止まった。
もう一方の彼が当然の疑問を口にした。
「どうして?」
桜が嫌いと言う彼は、ぶぜんとした口調で隣の彼の質問に答えた。
「下を見ろよ。もう散ってる桜の花びらよ。俺ら庶民は、この桜の花びらだな。ぱっと咲いてる頃はチヤホヤされてさ。でも散って舞い落ちたら、踏みつけられても、どうとも思われない存在になるんだよ。人生、その繰り返し。あー、上級市民っていう枯れることがない桜の木になりてえ」
もう一方の彼は笑った。
「あははは。そんなこと考えてる奴は珍しいよ」
まったくの同感。
私は頷きながら歩き出した。
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