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桜山線は子燕駅~夏ヶ丘駅間を往復するローカル線だ。
途中の駅は、菜の花駅と蝉鳴駅のみ。
市街地に向かう路線が走る夏ヶ丘駅と違い、子燕駅は山に程近い駅。
五月平日、うららかな昼下がりのホームに人はまばらだ。
そのまばらな人の間を、優は愛美を引っ張りながらすり抜けていく。するとみんなが愛美に尖った目を向けた。
(しつけのできない親って思われてるんだろうなー)
愛美はため息を吐いた。
みんな、頭上をちょこまか飛び回る親ツバメと、ぴぃぴぃ鳴く子ツバメは気にしないのに、人間の親子がちょこまかするのは不快なのだ。おかしな世の中だ。
特にコロナ禍以降、乗客たちは騒ぐ優への抗議の目をあからさまにぶつけてくる。
(こんなんだから日本の少子化は進む一方なのよ)
心の中で憤慨しつつ、先頭車両のホームに目を向けた愛美は(げっ)となる。
ブランドのショルダーバッグを掛けたマダムっぽい女性が目に飛び込んできたのだ。上品に文庫本を読んでいる。こういう人は要注意かも。
「優ちゃん、今日は違う車両に乗ってみようよ。楽しいよ」
「いつもの席!」
間髪入れずに叫ぶ優にまたため息。
一瞬、目の前のマダムが文庫本から顔を上げた。ヒヤリとしたけれど、また本に戻ってホッとする。
ゴトトン、と、桜色の電車がホームに入ってきた。
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