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私は鞄からポケットティッシュを取り出して、体を傾け、部長のほうに差し出した。
「あの、良かったらこれ、どうぞ。」
部長がビクリとして私の方を見る。
「え?」
「良かったら使ってください。差し上げます。」
部長の鉄仮面は鉄仮面のままだけれど、全身から驚きがにじみ出ている。私は可笑しくて、可笑しくて、クスクス笑いながら小声で言った。
「余計なお世話だったらごめんなさい。でも、お困りに見えたから。」
部長が私をジッと見つめたあと、ティッシュを受け取った。そして部長も私の方に体を傾け、小声で言った。
「ありがとう、小貝さん。」
「えっ!!」
大声を上げてしまい、慌てて口を押えた。他の3人の観客に謝ろうとあたりを見回すけれど、予約画面で埋まっていた席はどれも無人で、このシアターには私と押井部長の2人しかいないことに、そこで気が付いた。
「誰もいなかったんですね。」
通常のボリュームで言うと、
「うん。いませんよ。」
と部長も通常のボリュームで答えながら、ティッシュを引き出し、思いきり鼻をかんだ。
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