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え。うそ。どうしよう。
金曜の映画館。目の前のスクリーンに映し出されているのは、もうすぐ上映期間が終わるアニメ映画で、ヒットしていないうえにレイトショーだから、観客はわずか5名だった。わずか5名なのに、私が予約した席の隣の隣には、押井部長が座っている。
経営企画部の押井部長。別名、鉄仮面。
経営のためなら、無慈悲な判断も迷いなく下し、感情の宿らない目で、無表情のまま「このプロジェクトは打ち切りです。」と告げる冷血漢。
・・・と、評判の人。
私のような他部署のペーペーの事務員は、直接お話しすることはおろか、部長の視界に入ることすらないから、実際、どういう方なのかは存じ上げないけれど、人気のないアニメ映画の上映シアターで遭遇するのは、かなり意外だった。
だがしかし、冒頭の『え。うそ。どうしよう。』というのは、部長と遭遇したことへの私の心の声ではない。
部長を発見した時は驚いたものの、押井部長は私の事なぞ知らないのだから、私も知らない人のふりをしていればいい。落ち着いてしまえば『へぇ、アニメ見るんだ』くらいのものだった。
それが『え。うそ。どうしよう。』に発展したのは、なんと、押井部長がアニメ映画を見て、泣いているからである。
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