ある日の夕方、月の出に

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ある日の夕方、月の出に

 音楽室の使用日程が決まる、そのちょうど前日。永月夜一は、室内楽部が普段利用する視聴覚室のピアノで、練習をしていた。大宮とやる曲だけでなく、個人でも何曲かやるつもりなのだ。  もちろん、趣味全開で。 「ふぅ。一台で表現するのって、やっぱり限界が……」 「頑張ってるね、『ウワサの』永月くん」 「あ、夕凪先生……ども」  夕凪(ゆうなぎ)晴美(はるみ)、音楽教師。室内学部の顧問である。  ただ、吹奏楽部の顧問でもあり、個人主義の強い室内楽部に顔出しをする機会は少ない。本年度において、この日が初だったくらいだ。 「ごめんね、顧問の先生なのに全然来れなくて。新入生歓迎会に顔出しすらしてないもん。えーっと、でも永月くんは初めてじゃないよね。音楽の授業、取ってるもんね」 「あ、はい。僕には、もうほんとに、音楽しかないんで……」 「それでいいよ、私は音楽(それ)しか求めないもの」  自嘲気味な言葉も、否定はしない。その上で、相手を尊重したいという姿勢を見せることが、彼女の好評、信頼に繋がっている。 「それで、ウワサの、って……?」 「もうすごい話題なんだよ。天才だとか、部始まって以来の逸材だとか。何より、何が大宮さんを惹き付けて、どうしてそれに応えられると思えるのかって、皆が思ってる」  その答えは、意外と単純なものなのだが、本人達だけがそれを知っている。ただ単に、「同志」だから、それだけだ。しかしそれには誰も気付くまい。彼女の「志」は、秘密なのだから。  とはいえ、それを知っていてもなお、彼女と組むのは困難だ。周りはそう認識している。  永月だけ、そう思っていない。
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