こんやくしゃのひみつ

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 黙っていたことがあるんだ、と彼が言ったのは、うどんを食べているときだった。くりくりとした真っ黒い目を不安げに揺らしている。どうしたのかしら。箸もさっきから進んでいない。 「うどん、美味しくない?」 「ううん。美味しいよ」  あまく煮て三角に切った油揚げ二つのうちの一つを、いつもの通り私にくれると、つるんと太めのうどんを啜った。そのままうどんに夢中になっている。私も油揚げをふうふう食べて、残りのうどんを啜った。 「違う。そうじゃなくって」  うどんをほとんど食べてしまってから、彼が言った。そういうのんびりしたところが好きだ。油揚げをくれるところも。麺は彼の分を多めに盛っているし、最初から自分の分の油揚げを増やしておけばいいんだけど、もらうのが嬉しいので彼にも毎回二切れのせる。 「実はぼく、たぬきなんだ」 「たぬき」  あら、まあ。  ぽん、と、音がして、彼の丸い頭の上に、丸い耳が現れた。ふさふさとした、たぬきの耳。  ポケットから取り出したくしゃくしゃの葉っぱを丁寧に頭に置くと、またぽん、と音がして、耳は消えた。 「こういうことなんだ」 「あら」 「人間のお嫁さんがほしくて、きみをだましてたんだ」 「そうなの」 「人間の料理があんまりにも美味しいから、たぬきの里に来てくれる人間のお嫁さんがほしかったんだ。でも、やっぱりいつまでもだましておくわけにはいかない」 「料理、教えますけど」 「え、本当?」  ぱっ、と、顔が明るくなる。かわいい人。いや、かわいいたぬき、か。  彼は何かを思い出したように、しゅん、とする。たぬきの耳があったら一緒に垂れてたのかしら。 「でも、ぼくはたぬきだから、上手にできないかも」 「きっと大丈夫ですよ。お皿を洗うのは上手ですし。がんばりましょうね」 「うん。がんばります」  丼が二つともすっかり空になると、打ち明けてせいせいしたのか、彼は楽しそうにお皿洗いをしてくれた。  でも、たぬきか。ちょっと困ったな。  私はポケットの中の葉っぱに触って、自分がきつねだといつ打ち明けようか、考えていた。  
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