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幾重にも重なる雲、その隙間から顔を出す青をぼぉ~と見ながら、時間が来るのを待っていた。
この時間がとても退屈だ。
「早く来ないかな~~」
空と同じ澄んだ青い瞳を二度閉じる。彼女の長い睫毛が二度涙袋に触れる。
天に向かって大きく背伸びをし、イロハは溜息をつく。
彼女は、VRゴーグルが起動されることで、仮想空間で生まれ、人へのお手伝いをする一つのアバター。ゲーム世界を訪れる人に快く遊戯を楽しんで貰うためだけに存在する。
通常彼女等は眠らない。
疲れを知らない、日夜働く人工知能がその正体だ。
彼女達は名前を持たない。
製造された順番にコードナンバーを与えられるだけだ。
168番目にアップデートされて生まれたのが彼女だった。
ゲームと連動し活動をするVRゴーグルが彼女の物理的な身体と言ってもいい。
「今日の髪型大丈夫かな? 服装もお兄ちゃん気に入ってくれるかな?」
魔法のように念じれば、一瞬のうちに姿を変化させられる。
望みのままに思うままに、それが仮想の世界。
彼女は此処に来る前に、もう何百回も今日のコーディネートを変えていた。
今日は少し大人っぽく、ピンク色のポニーテールの髪を纏め、シニヨンヘアに。そして、彼から先日貰った星空をかたどったヘアアクセサリーを身に着けていた。
そんな、ただ人々のゲームナビを行う存在の彼女に、ある事がきっかけで名前が付けられた。
━━イロハだ。
名前と言うよりも彼女のナンバーで語呂合わせに過ぎないのだが。
しかし、彼女には特別だった。
何より、特別で大切な物だった。
そんなイロハが待っているのは、その特別な物をプレゼントしてくれた一人の人間であり、VRゴーグルの所有者だ。
「お兄ちゃん、今日も来るよね? イロハに会いに来るよね?」
彼女は仮想空間の空が赤く染まり、そして星空に変わった後も待ち続けた。
約束の丘の有るこの場所で。
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