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カランコエ様はわたくしの婚約者
「婚約を解消しようか」
ひとつ年上の婚約者は。
卒業式が終わったわたくしを迎えに来てくれた。
彼は準正装だった。
もしかして、式典にも列席してくれてたのかしら。
滑らかな生地で作られた菖蒲色のコートを。卒なく着こなしている。
彼の胸元に飾られたブローチは、大きなパパラチアサファイア。それを見ただけでも、彼のお家がかなり裕福なんだとわかる。
わたくしが馬車へとエスコートされる間、ご令嬢方は羨ましそうにこちらを見ていた。
マホガニー色の瞳、ブラウンブロンドの髪。中肉中背。容姿も普通。学校にいた時の成績は中の上。剣や魔法の腕も中の上。
ロレス子爵家嫡男カランコエ様。
どこをとっても普通、と表現されるような方。
だけど。
彼は女性からの評判がかなり良い。性格はまじめで温厚。優しくて、困っている人を放っておかない方。
去年まで、この学園に通っていらしたから、みんな。そんな彼をよく知っている。
馬車へ先にわたくしを乗せてくださったその隙をついて。
「お久しぶりです」
下級生の数人のご令嬢が、彼に声をかけた。
田舎領地の貧乏子爵家だったのは、先々代までで。
領地から質のいい食用の岩塩が見つかり、王都で人気となった。
現子爵閣下は商才がお有りだったらしくって。今ではほとんどのレストランで契約され、取引されている。
岩塩鉱山からは、他の鉱石も発見されていて。カランコエ様はそれを今、研究中だ。
・・・それが、何なのか。わたくしには教えてもらえていないけど。
婚約者となった5年前から、子爵夫人となるべく勉強はしているのに。領地の機密事項に関しては、全く教えてもらえていない。
だから・・・。
やっと下級生たちをなだめて。馬車に乗り込んだカランコエ様が発したその言葉に。
ああ、やっぱりね。としか思えなかった。
わたくしとカランコエ様は、幼馴染と言えるんだと思う。
領地はお隣で。子爵家の方が王都へ行くときには、我が伯爵家の領地を通られる。わが家へ寄って、挨拶をしていってくださる。
だからすごく小さい頃から彼を知っていた。
仲良くお話するようになったのは。わたくしが、5,6歳くらいから。
王都と領地を行き来する際に、ロレス子爵閣下は我が家へ1泊なさるようになったから。ほぼ毎回、カランコエ様もご一緒だった。
おそらくだけど。わたくしを売り込もうと思ったお父様が、彼と過ごす時間を増やしてくれたのだと思う。
わたくしと兄は4つ年が離れてて。だんだん遊んでくださらなくなっていて。
わたくしは、カランコエ様を。もうひとりのお兄さまのように思っていた。
一緒に遊んでくれる彼に懐いていた。
わたくしが9歳になったばかりの頃、彼と正式に婚約が結ばれると侍女たちが教えてくれた。嬉しかったように思う。嫌いな方とじゃなくて良かった、と思った覚えがある。
だけど、それは成立しなかった。
・・・わたくしに、治癒魔法が顕現してしまったから。
治癒魔法は、治癒に特化した系統の魔法だそうで。
まだ歴史の勉強中だったわたくしは。それ、必要?と思った。
火と雷の系統以外には、体力回復の複合魔法があるし。傷病の手当てなら、薬草の丸薬も魔法薬もある。切り傷用に塗り薬も開発されてるわ。
まったく興味がなかったわたくしと反対に。お父様は大喜びだった。
わたくしはすぐに王都のタウンハウスへ連れて来られた。王都の学園へ通う間だけ住む予定だったのに・・・。
お父様は、公爵家へ連絡をして。そこから、治癒魔法の家庭教師を派遣していただいた。
それから勉強した国史には。
わが国が、大きく成長している頃。国に最初に現れた治癒魔法使いはカントナ家の方だったと書かれ。
その治癒魔力があるだけで。他国との小競り合いも半分の人数で勝利を収めたと書かれていた。
薬学など発達しておらず、ちょっとした怪我で亡くなる人がいた時代。複合魔法などひとつも開発されていない時代。
治癒魔法がどれほど重要視されたか、詳しく家庭教師の先生は教えてくれた。
カントナ公爵家は、以降代々治癒魔法の家系として有名で。
もう今では、それほど重要視されない治癒魔法使いを。いまだに優遇してくださるのだという。
「運が向いてきたぞ!公爵家の嫡男クレマチス様とアザレアは同じ年齢だ!婚約者になれるかもしれん!」
伯爵家当主であるお父様の言葉は絶対。
行動力のあるお父様はわたくしを売り込んだらしく。しばらくして、わたくしは公爵家のお茶会へ行くことになった。
クレマチス様とお会いするのだと言う。好きになれそうもない方だったら嫌だな、と思った。
ふたりきりかと思っていたお茶会にはたくさんの子女がいらして。
治癒魔法使いの子女だけを呼ぶお茶会なのだと教えてもらった。
数人のご令嬢からは冷たい目で見られたけど。ほとんどの方は親切で。治癒魔法が使えるようになったばかりなのですと正直に言うと、いろいろ教えてくださった。
クレマチス様もにっこりと話しかけてくださった。柔らかい方。仲良くなれそうな方でわたくしはほっとした。政略の結婚でも仲良くできるほうがいいと思っている。
お茶会は度々開かれた。治癒魔法の授業をみんなで一緒に受ける時もあった。
他にも平民の治癒魔法使いとの集まりも開かれていると聞いた。
公爵家は本当に治癒魔法使いを優遇してくださるのだわ。
侯爵家のご令嬢とわたくしと。ふたりだけがクレマチス様と同じ年齢だった。
他にも上下に2,3歳。年齢の離れた方々が、お茶会にはいらしていた。
クレマチス様は「彼らはみんな治癒魔法を使えるけれど、他の属性のほうが得意な方が多いんだ」と教えてくれた。少し寂しそうだった。
わたくしは治癒魔法を重点的に鍛えようと決めた。
クレマチス様は努力家で。治癒魔法もとびきりだった。一生懸命な姿はだれかと似ていて。わたくしは彼を支えたいと思った。
学校では、クレマチス様と治癒魔法の授業を一緒に受けることになる。同じ学年で一緒に過ごすことも増えるかもしれないわ。
5年の学校生活の間に、きっと婚約者になって見せるわ。そう思ってた。
でも。
検査のあと。わたくしの望みはすっかり変わってしまった。
11歳、12歳の年齢で受ける魔法力、学力の検査。
国主体で行われるこの検査結果を見て。
王都にある学園や学校は、入学案内を送ってくれる。
案内書が来たら、進学する学園を選べるけど。
案内が来ない学園へは入れない。
その検査で。
わたくしはちょっとした事故に?事件に?出来事に?巻き込まれてしまった。
いえ、自分で首を突っ込んでしまったと言うべきなのかもしれない。
検査終了後。わたくしは気を失い。目覚めたときには医務室で。
女性の癒者と。
同じことを目撃した検査官が部屋にいた。
「まず。話さないことをご忠告申し上げます」優しい声はそう伝えてきて。
それで・・・記憶が戻ってきた。
わたくしは首を縦に動かす。何かを話すことがひどく恐ろしかった。
検査官は同じようにゆっくりと頷いてくれて。
「お詫びいたします。さっさとあなたを退出させるべきでした」
あぁ、そうしてくれたら良かったのにという気持ちと。
そう言われても検査の部屋から出なかっただろうな、という気持ち。
「何か、私にできることはありますか?」
あまりにも優しく言ってくださるので。
わたくしは自分の望みを言ってしまった。
「もう治癒魔法使いに近寄りたくありません」
絶対に王立魔法学校へは行きたくなかった。
あすこしか、治癒魔法を教えてはいないから。わたくしはほぼ間違いなく、進学の予定だったけれど・・・。
わたくしは、わたくしを縛ったいろいろが怖かった。関係者のだれとも会いたくなかった。
検査官は、頷くと。
「治癒魔法を自分の生命力から使う方が時々出るのです。
今回、私達検査官は。そういう子女を見つける役目も兼ねておりました。
コデル伯爵令嬢はそれに当てはまるようです。
魔法部のほうから、御父上の伯爵閣下あてに公式文書をお送りいたします」
そう、言ってくれた。
お父様はものすごくがっかりしていた。
「後継ぎでもない子どもは、実家のために利する相手と結婚するものだ。
貴族と生まれたのなら、当然の話だ」
お父様は小さいころから、わたくしにそう言い続けていた。
それに疑問は持っていなかった。
けど、今回のことで役立たずになってしまったわたくしは、捨てられるのかしら。
縮こまるわたくしを、お父様は抱きしめてくださった。
・・・あの時に思ったわ。
確かにお父様はわたくしを手駒だと思っていらっしゃるけれど。大事な手駒として扱ってくださっていると。
9歳の時のカランコエ様との婚約話も、わたくしとの相性を見てからにしてくださろうとしていたし。
「生命力を使ったら早死にするかもしれない。治癒魔法は二度と使うな」と言ってくださった。
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