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半年後。
本当にアザレアは私立のリザンナリ学園へ入学した。
伯爵家のタウンハウスへ朝から迎えに行き、僕らは同じ馬車で登下校した。
ランチの時間もいつも一緒に過ごした。
可愛らしいアザレアは。僕がいないとダメで。
僕の後ろに隠れる。僕の言うことをよく聞く。
僕に依存している。
僕がいないと、怖くてどこにも行けない。
僕がいないと不安でたまらないらしい。
・・・僕はそれが嬉しくて誇らしい。
時々、昔の明るい彼女を思い出すけど。
今のままでいたらいいと思ってしまう。・・・そんな、どこか仄暗い気持ちを感じてる。
こんな感覚が自分にあるとは思ってもみなかった。
僕は学園生活のほとんどを。彼女を庇護して過ごした。
・ ・ ・
僕は自分の卒業パーティで、やっと夜会デビューを決めた。
嫡男としては遅い。父上は呆れたが、それでも遅らせた。ぎりぎりまで。
本当は彼女の卒業を待ってあげたかったけれど。それは無理だった。
商売のために顔を売っておくべきだったが、僕自体、社交が苦手なこともあるし。研究が面白いから、そちらで役に立ってみせると父上に見得を切った。
学園に通って4年。アザレアはだいぶ、人と話せるようになっていた。
仲のいい友人も出来たようだ。
僕は卒業してしまうので、あと1年がすごく心配だったけど。
この4年間の態度で、彼女が無口だということはご友人みんなが知っている。
にこにこと人の話を聞くだけで、自分からはほとんど話さない。
それは長所ととられ、彼女は聞き上手だと言われている。
嫡男の夜会デビューは婚約者と一緒に。
つまり、アザレアも一緒にデビューすることになる。
話をすると彼女は両手を握りしめた。
あんまり辛いなら、パートナーは違う人に頼んでもいいよというと。首を横に振る。それは嫌。と小さく言う。可愛い。
「さっとご挨拶して、ダンスして。すぐに帰ってくるから一緒に行ってくれる?」と聞くと頷く。可愛い。
「でもずっとそばにいてね」と言ってくる。可愛い。
デビューしてしまえば、夜会の招待状が来るようになるだろう。だけど。他の夜会に連れて行ったりしないから心配しないで、と言うと。
「ありがとう」とはにかむ。可愛い。
彼女は僕の送ったドレスを着て。とても綺麗だ。
緊張しながらも、すっと背筋を伸ばしてる。
国王陛下へのご挨拶が済むとやっとちょっとほっとしたようだった。
上目遣いに僕を見つめる。可愛い。
周りに人がいると、僕をつかんで離さない。可愛い。
随分と笑うようになった彼女は。ダンスの後、少しだけ顔を赤くしている。
それが。
いきなり真っ青になった?目を見開いて何かを見てる。
視線を追うと、公爵家のクレマチス様が談笑されていた。
・・・急に嫌な想像をしてしまう。
まさか、彼女は彼と何かあって。それでこんなに。何もかもに怯えるようになったのか?
彼のほうも彼女に気付いていた。しかし、こちらへ寄ってはこない。
そのことに、アザレアはほっとしたようだった。
・
しばらくして、やっと落ち着いたのか。アザレアは「お化粧を直してくるわ」と、僕から離れる。侍女と合流して会場を出るのを見届けていると。
クレマチス様がやってきた。
きれいな肌。女性のように可愛らしい顔。垂れた目が優しさを強調する。
「ロレス子爵家のご子息だよね」
近くで見ると、彼のコートは菖蒲色にも見えなくはない。
まさかアザレアの色?
「はい、カランコエと申します。カントナ公爵家ご令息様」
「クレマチスと呼んでくれないか。カランコエ殿とお呼びしても?」
「・・・光栄です」
たかが子爵家の僕に何のご用事だろう。
「コデル家のご令嬢とは・・・」
やはり、アザレアのことなのか。
「婚約者です」
少しだけ、不快な気持ちが漏れてしまったと思う。
クレマチス様はふっと笑われた。
「やはりそうか。おめでとう。ご存じかな?私たちは知り合いで・・・。
彼女には幸せになってほしいと思ってる」
しばらく、お茶会で交流されていたことは知っている。
だけど、もう4年以上前のことで。
しかもアザレアにではなく、わざわざ僕のほうに声をかける理由は何だろう。
・・・余計に、疑惑が膨らむ。
まさかこの人は彼女に無体なことをしたんだろうか。
そんな風な人には思えないけれど、公爵家の方だもの。
裏の顔をお持ちなのかもしれない。
僕の不審に気付かれたのか、クレマチス様は言い訳なさった。
「・・・私と彼女は同じ悩みを持つんだ。だから、勝手に友人のように思ってる。
あと1年。・・・お互いに頑張ろうと伝えてもらえないだろうか」
その瞳には、彼女への好意が透けて見えて。僕の心臓はどきりと跳ねた。
帰りの馬車で。
クレマチス様の言葉を伝えると、彼女は泣き出した。
いつものようにそっと抱きしめる。アザレアは僕の胸で泣くことを恥ずかしがらない。
やはり、彼女にとって僕はただ、兄のような存在なんだな。
泣き終わると、すっきりした顔をしていて。
アザレアはにっこり笑った。
クレマチス様はやはり、彼女の特別なのだと思い知らされた。
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