アザレアは僕の・・・

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アザレアには内緒で。僕は彼女の卒業式へ来ていた。 顔がよく見える席へ着く。 卒業式が終わったその瞬間。 アザレアはにっこりした。ほうっと肩を落とした。 何かはわからないけれど。 彼女が重しを取り除かれたことは、わかった。 昼食に誘って、タウンハウスへ送る、と約束して。伯爵家の馬車は帰した。 アザレアにもそれを告げ、子爵家の馬車までエスコートする。 久しぶりに晴れ晴れとして。背筋を伸ばして歩いている。 その態度には、怯えたところはまるで無い。 子どものころのアザレアが帰ってきたんだ。 すとんと腑に落ちた。 あぁ。もう僕は必要ないね・・・。 やっぱりこれでよかったんだと自分に言い聞かせる。 父上は、卒業後すぐに結婚式ができるよう準備をするかと言ってくれたけど。僕は止めた。 領地の機密事項もアザレアには伝えないでほしいと頼んだ。 そうしておけば、婚約の解消はスムーズだから。これで良かったんだ。 「婚約を解消しようか」 馬車に乗り込んですぐに。大切な話を済ませようと思っていた。 予約したレストランでは、幼馴染に戻って仲良く話でもして。 ・・・それを思い出にするつもりだ。最後のふたりきりの時間。     ・  ・ 少しくらい、いやだと言ってくれるかと期待したけれど。 彼女は驚きもしない。 ちょっと微笑んで。 「やっぱりカラ兄さまは、わたくしのために仕方なく婚約をしてくださっていたのね」 久しぶりにそう呼ばれたね。 その口調が悲しそうで。少しだけ僕は戸惑う。 「仕方なくではないよ。僕は君が好きだから」 「妹として、よね」 そんなつもりはないけれど。そう言ってしまったら、今後・・・。 幼馴染として会うことすらできなくなるかもしれない。 僕は黙ってしまう。 「・・・わかりました。いままでありがとうございました」 あぁ、やはり。簡単に納得してくれた。 ぎゅっと胸が締め付けられる。 でも、僕は笑う。兄さまと呼んでくれたから。 「クレマチス様とは、いつ会うんだい?」 アザレアは首をかしげた。 「それ、誰・・・あ。クレマチス様ね。 懐かしいわ。 そうね、今となったら、そのうち会ってみたい気もするわ」 そのうち? 「そのう・・・。ふたりは引き裂かれて。卒業したら、つまり大人になったら会うつもりだったんじゃないの?」 公爵家の嫡男だというのに、彼には婚約者がまだいない。 アザレアとの再会を待っていらっしゃるんだろう? 「引き裂かれて? ってまるで、恋人同士だったみたいないい方ね。 まぁ、あの方のせいで巻き込まれたのよ!って八つ当たりを考えたこともあったけど。 同じ呪いを受けていらしたようなものだもの。 同志のような気持ちも持っていたわ」 呪い? 「ええ、話すことができないという呪い、そんな風に考えてたわ。 わたくしには苦痛だった。余計なことを話すかもしれないと怯えてた。 兄さまもごぞんじのとおり、わたくしって迂闊だもの。 何かのついでに口から出た言葉が、取り返しのつかないものだったらと思うと。ずっと怖かったの」 アザレアははきはきと話す。 「今日はずいぶんおしゃべりだね。昔に戻ったみたいだ」 その自分の言葉に少しだけ寂しさが混じっていて恥ずかしい。 「だってもう。何にも縛られないんですもの」 良かった。浮かれているアザレアには気づかれなかったようだ。 「卒業式が終わったとき。きっと魔法学校の卒業式も終わったのね。 ほぼ同じあの時間。呪いの解ける音がした。 ・・・あぁ。やっと解放されたわ。 ずっと辛かったけど、それでも生きてこられたのは。 カラ兄さまのおかげだわ。 今までご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」 にこにこするなかにもアザレアは寂しそう? どうしてもはっきり聞きたい。 「クレマチス様が好きだったわけでは、ないのかい?」 アザレアは不思議そうに首をかしげた。 「どうしてそんなことをお聞きになるのかわからないけど。 もちろんよ。 ・・・素晴らしい努力家でいらしたし、尊敬してはいたわ。 だけど。領地で兄さまと再会した時、気づいたの。 クレマチス様はカラ兄さまと似ていらしたわ。雰囲気も、性格も。 だからきっと、すごくいい方だろうって。わたくしを大事にしてくださるだろうって。思いこんでいたんだわね」 アザレアは悲しそうに俯いた。 じゃ、アザレアはどうして今まで辛そうにしていた? 本当に彼は関係ないの? 「じゃ、じゃあ。アザレアはこれからどうするの?」 アザレアは困った顔をする。 「これから? ・・・嫡男であるお兄様のところにはもう赤ちゃんがお生まれになったし。伯爵家にずっとお世話になるわけにもいかないわ。 お父様が、後妻のくちでも見つけてくださるといいんだけど」 「待って!待ってアザレア。どうして?」 どうしてって・・・だって・・・。アザレアは眉を下げる。 「だって。婚約解消されるような女。誰も結婚してくださらないわ」呟く。 「じゃ。僕と結婚しよう」 後妻ってなんだよ。そんなの許せるはずがない! 「・・・兄さま相変わらずね。 困ってる人をすべて助けられはしないのよ? 優しいのもほどほどになさってね」 「僕は君だけいればいいよ!」 アザレアは、ぷっと頬を膨らました。 「いま、婚約解消って言ったくせに!兄さまなんか嫌い!」 その目がきっ、と吊り上がる。 あぁ、ほんとうに。小さい頃のアザレアみたいだ。 「ちがうんだ! 僕は君がクレマチス様と結婚の約束をしているものだとばかり思っていて・・・。身を引こうと思ったんだよ」 おろおろとアザレアを見つめると。彼女はぽかんとしていて。 そんな顔も可愛いね。 「兄さまってほんと。肝心なところが駄目ね」 小さい頃みたいに、屈託なく笑うアザレア。 「兄さま覚えてる?木から落ちて血が出たときのこと。 兄さまは、ごめんねって言ったのよ? 馬鹿なのかしらと思ったわ!わたくしのせいで怪我をして。 どうして兄さまが謝るのよ!」 「だってそれは、君が泣くから・・・」 アザレアはいきなり真っ赤になる。 「わたくしが泣いたことなんて覚えてらっしゃらないと思ってたわ。 ・・・だって。あの時・・・。 兄さまが居なくなるのかと思ったら怖くって・・・」 それは、僕がいないと嫌だったということ? ドキリとした心臓を抑えながら言う。 「僕が悪かった。さっきの言葉を取り消させてください。 アザレアが好きなんだ。ずっとそばにいてください」 しんとしてしまった馬車。 アザレアは返事をしてくれない。 「兄さまは・・・カランコエ様はひどいわ」 学校に入ってから、アザレアは僕を兄さまとは呼ばなくなっていた。 「あなたがいないと何にもわからないくらい、わたくしを甘やかしたくせに」 困った顔で僕を見るアザレア。それが返事? 素直な君もそうじゃない君も。 君のすべてが好きだよ。
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