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空気が生暖かくなり、季節が変わっていくのを感じる。配達の荷物も季節や行事に合わせて変化していくことに、岡井は気付く。野菜や果物がだんだん増え、運ぶのに気をつかう。不用意に扱って傷付けてしまわないように。
仕事から帰る途中、岡井がスマホの画面を見ると、ロック画面にみなもからの通知が表示されている。数日前から予告している通り、今日は二十一時から初めての生配信をやるという告知。
動画サイトにアクセスすると、開始時間の十分前にもかかわらず、すでに何人も待機している。今日の配信はチャットと投げ銭がある。誰も投げ銭しなかったら嫌だから、と岡井がサクラになるよう荘野に頼まれている。
開始時間ちょうどに画面が切り替わると、椅子に拘束されているみなもの姿が、固定カメラで正面から映された。するとチャットにコメントが次々に現れる。この中にあのDMを送ったアカウントがいないか、監視しないと。
セーラー襟のトップスとショート丈のかぼちゃパンツ、いつも通りのアイマスクに猿轡。椅子の脚に枷で足首を固定され、膝は震えている。上半身も椅子の背に縛り付けられ、そのロープにはローターのリモコンが挟んである。お決まりのようにみなもは拘束から逃れようと無駄な抵抗をしつつ。ローターの刺激に大きく膝を上下させ、白いソックスを履いた爪先を動かし悶え続けている。やがて責め苦に抵抗するのを諦めたのか、項垂れたまま下腹部だけを反応させている。
すると突然、玄関チャイムが鳴らされる。みなもは顔を上げ、監禁されているのに気付いてくれといった様子で、何度も鳴らされるチャイムの方を向いて身体を揺らすが。チャイムは止んでしまった。絶望に浸りながらも、止まないローターの刺激に脚を開かされ身体を反らし、激しく震えながら失禁した。それから脚を大きく開いたままだらんと肉体を放り出し、みなもはすっかり果てて動かなくなってしまった。時折ローターの刺激に反応して、下腹部と太腿を激しく痙攣させるだけ。椅子や床までも濡らしたまま、みなもは哀れな姿を晒し続けている。
望んでいたものだ、全部。岡井好みの衣装、シチュエーション、反応の仕方。こんなふうに責めたいと望めば、あの子はその通りにしてくれる。これ以上望んで良いのか?
わかっているのに。差し出されたナイフを拒むことをせずに、自分の好きなように傷付けている。これで君の気が済むのなら、少しでも生き延びられるのなら良いのだけれど。
何も知らなければ良かったなんて思わないし、全ての傷を見せてくれているわけじゃないのもわかっている。もう子供じゃないから、それくらいは。
そんなの全部言い訳で、結局は自分の嗜虐心を充しているだけだと言われたら。岡井は頷くことしか出来ない。
チャットの監視に集中しきれないし、かといって自慰にも耽ることはできない。
やるべきことをやらないと。チャットのコメントを斜め読みするとみんな楽しんでいて、いささか岡井との温度差を感じる。荘野が心配をするまでもなく、競い合うように投げ銭が課金され、いかに狂ったかたちで愛情を示せるかをファン同士で争っている。
いつも通りを装わないと。このコミュニティの雰囲気を壊さない、喜ばれる言葉。
『失神した後もローターで責められ続けてるのが最高』
岡井はそうチャットに書き込む。ふと、いくつか前のコメントが目に止まった。
『みなもちゃんはもっとおちんちんがよくわかるぴったりした服が似合うと思うよ』
このかぼちゃパンツはこの間岡井がほしいものリストから贈ったものなのに。それ以上に気になるのは、コメント全体を装飾するような絵文字。まるであのアカウントのような。しかし送信者は違う。こちらがメインのアカウントで、誤ったのかもしれない。スクリーンショットを撮り、その相手のSNSアカウントを探す。県を跨いだ先に住んでいるようだが、油断はしないほうがいいだろう。
そうしている間に二十分ほどの生配信は終わってしまった。アーカイブは後日編集されたものが有料会員に配信される。
しばらくすると、スマホの画面に荘野からの着信が表示された。岡井が電話に出ると、今電話かけた? と確認される。
「なんか配信中に、非通知で電話かかってきたんだけど」
「かけてないよ、スマホで配信見てたし」
「だよね。なんかストーカーが着信音が配信に入るかどうか試しにかけてきたのかなって……」
本当は生配信ではない。編集なしの動画を、さも今ライブ配信しているかのように流している。
「今日はバイトないんだよね? 大丈夫? 今から家行こうか?」
「まあ、大丈夫だとは思うけど……。親がかけてきたのかもしれないし。俺が全然電話出ないから」
「普段使ってる方のスマホだよね? 他に番号知ってる人は?」
「顔知ってる会ったことある人しか知らないはずだよ。セクキャバ時代に使ってたみなも専用スマホは、解約してあるから電話は通じないし。元々客とはメッセージアプリでしかやりとりしてない。岡井も明日朝早いんだろ」
「でも、どっちにしろ心配だから行くよ」
「いいよ、わざわざ」
いや、でも、大丈夫だから、と糸を絡ませるようなやりとりをしつつ。
「……そういやさあ、バイト先の女の子が一人暮らしで、夜中に時々ドアノブをガチャガチャやられるんだって。怖がってるから、その子と仲良い男が、夜道は危ないからって毎日一緒に帰ってあげてるんだけど。案外、その男が犯人なんじゃないかなって思ってるんだよね」
「……僕は犯人じゃないよ?」
わかってるって、と電話の向こうで荘野は笑う。どうせ親だろうから大丈夫、と言って電話は切られてしまった。
こんな時間に出かけるなんて、と背中で怒鳴り声を聞きながら、岡井は少し急いで家を出る。ポケットの中から、みなものSNSが更新された合図が鳴る。生配信見てくれてありがとう、というコメントと共に写真がアップされている。
みなもは目隠し以外の拘束を解かれ、汚れた床の上に転がされている。飽きて放り捨てられた玩具のように。すっかり脱力しきった身体。よだれまみれの半開きの口。片足が椅子の上に乗せられ、意図的に脚を開かされている。それから同じ構図の十数秒の動画が一緒にアップされている。動画を再生すると、ローターの音が微かに聞こえ、みなもはびくりと太腿を震わせた。まだ放置プレイが続いている。みなもはいつまでも終わらない罰を与えられ、それを神だと持て囃されている。
信者たちが救われても、神自身はその身を削るばかりで永遠に救われない。そもそも、救いを求めていないように思う。
数メートル間隔にしかない古い蛍光灯の光は、あまりに淡すぎて届かない。この暗闇の中で一番強くまぶしい、手の中のスマホの画面。灯台のように道筋を照らす。二十四号棟から十八号棟へ早足で急ぐ間に、次々と更新の通知が入る。
『体液とおしっこでパンツの中ぐちょぐちょのまま放置される絶望感、最高すぎる』
『おしりつかれちゃった』
『また生配信したいな』
みなもはいつも通り非常に呑気な、視聴者が求めるみなも像に沿ったコメントを連続して投稿している。投げ銭をくれたアカウントへの個別のお礼も欠かさない。いつも通りのキャラクター、いつも通りの賛辞と交歓。
しかし椅子の上に猫背で片膝立てて、苦虫を噛み潰したような表情でコメントを打っている荘野の姿しか思い浮かばない。荘野の家に着くと、実際そうだった。
「そんな心配しなくったって大丈夫だよ」
などと言いながら、ダイニングテーブルに広げたノートパソコンでSNSをチェックし続けている。
「すぐ近くなんだから、なんかあったら呼んでよ。少なくとも、住んでる地域がかなり特定されてるんだから。一人より二人でいたほうが安心だろ」
「……まあ、そうだね」
もう諦めてしまったような。なにか困ったような。そんな表情で荘野は岡井から目を逸らす。
賞賛ばかりではない。みなもには相変わらず嫌がらせのようなコメントやDMが届いている。
『男ができてから面白くなくなった』
言い訳をする気力もないし、こちらが言い訳をしなければいけない道理もない。こんなつまらないことで削られたくない。
「……岡井も濡れた時に形がわかるような服の方が良かった?」
珍しく弱気な発言に、岡井は早口で返す。
「あのかぼちゃパンツ買ったの僕だよ。みなもちゃんに似合うと思ったから。あんなコメント気にすることないよ」
みなもに寄せられる棘のような言葉のせいで、少しでも動けば血が流れてしまいそうになる。目の前にいないからって、思い込みであれこれ適当に無責任なことを。
そうしている内に、みなものタイムラインに、例のパクリアカウントが鍵をかけたというコメントが流れてきた。みなものアカウントは先方にブロックされているため、フォロワーである岡井の裏アカウントから見てみると。みなもとみなものファンに対する恨み節が書かれている。ふたりで大きく息をついて、もう怒る気力がなくなった。
「どうせすぐ鍵開けるよ。ちやほやされたくなって。大体みなもだって、その辺のAVの真似事なんだからさ。模倣品を模倣しても粗雑なものしか生まれねえよ」
荘野は煙草のケースに手を伸ばしたが、残り少ない本数を見て、またケースをテーブルの隅に戻す。大きく息を吐き、少しイラついたように脚を小刻みに揺らす。
「……みなもの動画配信はどうするの? このまま続ける?」
「いや、別に続けるよ。継続して入る金なわけじゃないし、あぶく銭だからね。どうせ身につかない金だよ。とりあえずさっさと奨学金完済したいし」
「完済したら、みなもはどうするの?」
岡井の問いに荘野は、うーん、と首を捻ってしばし考え込む。
「……どうしようかね。なんか特にやりたいこととか何もないんだよな。みんな金あったら何してんの」
「何だろ……旅行とか? 会社の人たちから、旅行のお土産よく貰ってる。北海道とか沖縄とかハワイとか。イルカだかクジラだかを見る船に乗って、結局見れなかったみたいな話をみんなする」
「旅行かー……あんま興味ない。飛行機とか怖いし。岡井はなんかないの、金あったらやりたいこと」
「……なかなか思いつかない」
頭の中は茫洋として、何も思いつかない。岡井はみなもが自分の人生を全部変えてくれたように思っていたけれど。やっぱりみなもに出会う前と自身は何も変わっていないのだろうと思う。もうこんな自分は嫌なのに。
そういえばさ、と言いかけて荘野は言葉に詰まったように黙ってしまった。目を伏せて、息を吸い込んで話を続ける。
「セクキャバにいた頃にさ。常連さんが、一日履いたパンツ売ってくれたらお金くれるって言うから、三枚千円のパンツ買って履いて売ったのね。そしたら十倍になって。でもなんとなくこの金を手元に置いておきたくないなって。今すぐ消そうって思ったんだけど。どうしても欲しいものが全然何も浮かばなかったんだよね」
語尾は笑い混じりだけれど、そんな単純なものじゃないだろう。それくらいは岡井にもわかる。
「とりあえず回転寿司行って、一枚百円じゃない皿をたらふく食べてもまだ半分余って。それで同級生と飲み行って終わり。一万円ってさあ、凄い呆気なく消えるね」
ダイニングの椅子の上に膝を抱えて座り込む荘野の姿は、実際の年齢よりも少し幼く見えるのに。なんだか人の何倍もの速さで歳をとってしまったようにも見える。もう生きることに疲れきってしまったような。
「でもなんか、一万円が呆気なかったことより、どうしても今すぐ欲しいものが何にもなかったことの方が結構……ショックというか。作りたいものがなくて欲しいものがなくて、全部が薄ぼんやりしてるのに。生きるのってすげえ金がかかるんだよな」
意味がわからん、と吐き捨てて。荘野は冷蔵庫から缶チューハイを取り出そうとするが、岡井は仕事あるんだよね、と言って戻す。代わりに、好きなの食べていいよ、と値引きシールの貼られたコンビニのスイーツを数個並べる。
岡井は黒蜜きな粉パフェを食べながら、ふと視線を落として、自身の指先が少し冷えていくのがわかった。さっきまで荘野が喋りながらずっと握っていた膝に、爪の形に血が滲んでいる。荘野は無意識なのかどうなのか、また膝を握る。
岡井はその手をとり、しっかりとかたく握る。なに? と荘野は少し笑うけれど。すぐに真顔の岡井から目を逸らして、俯いて。ぎゅっと強く握り返してきた。岡井はもう片方の手もとり、同じように握る。強く、強く。
「もっと痛くしても大丈夫だよ」
岡井がそう言うと、一瞬だけ強くなり、荘野は手を離した。
「大丈夫だよ、もう。本当に」
「……なんかあったら呼んでいいんだからね」
荘野は返事をせずに、岡井の脚を軽く蹴る。
そうしているうちに、テーブルの上の荘野のスマホが明るくなった。非通知の着信。ふたりでじっと息を潜めてその画面を見つめる。一度切れて、もう一度同じようにかかって、また切れた。
荘野が大きなため息をつくたびに、なにかが少しずつ端からぽろぽろと崩れていく気がする。
泊まる準備をする岡井に不貞腐れたような表情を投げながら、荘野は布団に寝転がってスマホをいじり、先に寝てていいよ、なんて言う。並んで敷かれた、もうこの家に住んでいない人の使っていた布団。食器も布団も、この家にはかつての家族の人数分揃っている。今はもう、たった一人なのに。
眠っている間にもしかしたら、と考えつつも、岡井の肉体は眠気に逆らえない。うつらうつらし始めたところで、そういえばさ、と荘野が口を開く。
「学生の時に聞いた話なんだけどさ。昔どっかの美大で卒業制作が進まなくて悩んでる学生がいたんだって。それである日美大のアトリエで火事があって、作業中だったその学生が亡くなったんだって。で、現場にビデオが残されていて再生してみると、その学生が映ってて。自分にはもうこれ以上の表現は出来ない、この映像を卒業制作として提出します、って言ってカメラの前で焼身自殺を……」
「怪談話じゃん。怖いよ」
「いや、都市伝説だろ」
「一緒だよ。怖い話じゃん。今、寝ようとしてる時に。急に怖すぎる」
岡井が目を開けると、真っ暗な部屋の中、スマホの光に照らされる荘野の笑い顔がぼんやりと見える。
「まあ、そういう気持ちもわからなくもないんだよな。上手く言えないけど。……絞っても何も出てこないのに、それでも何かを生み出さなきゃいけない、切羽詰まった状況とかさ。作品を創らないと、この世に自分が存在することを許してもらえないような気持ちとか……。我が身を傷付けて苦しみから生まれたものこそが真の表現だの、そういう訳わからんこと言ってくる奴もいるし」
もう一度目を閉じて、みなもの配信のことを思い出そうとする。数時間前に見たばかりなのに、輪郭がぼんやりとしている。自分はなにか大事なものを見落としてしまってはいないだろうか。
「なんかあったら起こしてくれていいよ……」
眠りに落ちる前に岡井はそう発したけれど、荘野がなんて答えたのか、あるいは何も答えなかったのか。眠ってしまってわからなかった。
翌日、岡井が仕事の昼休憩中にスマホを見ると、荘野とみなもから通知が入っている。荘野からは、やっぱり親だった、心配ないから、と一行ずつのメッセージ。
そしてみなものSNSは元気に更新されている。
『一晩たってもまだおしりの中でローターが動いてるかんじがする』
『もっと慣れたらローターの電池切れるまで放置されたい』
いつも通りのみなものコメント。いつも通りの露出と淫らなポーズの写真。いいね、とハートを押すのは半分本心で、もう半分は岡井が自分に課した義務だ。君がまだなんとか生きていることへの、いいね。
みなもは許されることなく罰を与えられ続けてる。何に対しての罰なのかは、荘野以外の誰にもわからない。だけど罰を与えられている姿を見せると、みんなが喜んでくれる。
ありとあらゆる嘘の積み重ねが、優しい顔をして寄り添ってくれる。ここに正しさなんてないのに縋ってしまう。あの子は神様じゃないのに。
手の中で光る虚構よりも。昨日の夜に感じた、握り合った手の痛みの方が、今はずっと。目も開けられないほどまぶしい。
岡井が配達で、自分が住んでいる団地とは別の団地内を回っている時だった。あたりを見回しながらゆっくりと自転車でうろついている男が目についた。レンタル自転車に乗っているので、この団地の住人ではないのだろう。カメラを構えているわけではないが、スマホの画面をちらちら確認している。スーツ姿でビジネスリュックを背負った中年男性。なにかの営業や調査だろうか。不審に思っていると、棟と棟の間の庭に入りベランダを見上げている。何かを探っているような。もしかして、と思い岡井がその様子を見ていると。彼はその視線に気がついたのか、慌てた様子でこそこそと早足で去って行った。
荷物の追跡結果に表示される営業所の配達区内にある団地は、二棟ほどの小規模なものから十数棟以上あるような大きなものまで含めれば、二十近くある。その中でも岡井と荘野が住む団地が一番大きい。ほとんどが築何十年と経過した古い団地だが、いくつかはリノベーションですっかり見違えた団地もある。
それらを除いたとしても、ストーカーはみなもを探して全てを回る気だろうか。もし見つかったら? 目的はなんだ?
考えれば考えるほど、鼓動が速くなり首の後ろに汗がにじむ。
そのことを荘野に報告すると。
「なんでそいつの写真撮らなかったんだよ」
「就業時間中は私物のスマホは携帯を禁止されてるから……」
荘野は溜息をついて肩を落とし、可能性がある人物をリストアップしたファイルを開く。
「中年のおっさんとか思い当たる節が多すぎる……。俺のはビジネス男の娘だから、あの格好で出歩くことはないけどさ。わかる人にはわかんのかね」
「会社の行き帰りもまた不審者がいないか見とくよ」
「ありがとう、頼むわ。あのストーカー野郎、フィッシング詐欺にでもひっかかれば良いのに」
ファイルを一旦閉じて、みなものSNSを開くと、また節度のないレスやDMが送られてきている。
『最近の動画は一般受けや過激さばかり追求していて、個性が感じられない』
性的なからかいに混ざって投下されたそんなレスに、
「個性も作風も、そんなん最初っからねえだろ。わかったようなこと言いやがって」
と荘野は舌打ちする。ここ数ヶ月のみなもはそういった書き込みを完全に無視するようになった。
以前のみなもはずっと好戦的で、アンチを煽っていた。消えろゴミ、クズというコメントが来ればそれを晒し上げるように引用し、ゴミ袋の中にゴミと一緒に詰め込まれたあの写真を添えて、「人間のクズはどっちかな」などと投稿していた。今もSNSのトップ画像に使っている写真。死ねとコメントが来れば同じように、首に縄を絡ませブルーシートの上で失禁している絞殺死体風の写真を添え、「ひとごろし」と返した。
これはこれでファンには受けていたけれど。岡井から見ればかなり危うく、気が気でなかった。
次第にファンも画像で返信して貰いたがるようになり、ふざけてわざと罵詈雑言を送るようになった。時折やんわりと注意喚起のコメントを投下するが、そんなもので一掃できるわけがない。
どれだけ非人道的な振る舞いができるか、というゲームなのだ。いつでもどこでも、みんなそのゲームに興じている。ネットの中だけじゃない。子供の頃から、学校でも職場でもよく見かける。より危うい言動をしたやつが勝ち。
「こっちが穏便に済ませようとしてやったのに。まとめて全員ブロックしたいけど、逆恨みされると面倒だしなあ」
「ミュートでいいんじゃない?」
めんどいなあ、と荘野は溜息混じりに不快なコメントひとつひとつを侮辱的暴力的だと通報していく。岡井も同じように。
作り物を本物のように見せ、夢と現実の境を曖昧にするのが、みなもの仕事。みんなが欲しがってるものを形にして投下すれば、喜んで金を出してくれる。崇拝する相手の意思や感情なんて、邪魔なだけ。どんな感情をぶつけても黙って受け入れ、冗談だと流して、喜んで慰み者になってくれることを信者たちに望まれている。
「みなもちゃんがどんな子かなんて、本当はどうでもいいんだよ」
荘野はパソコン用眼鏡をテーブルに放り、伸びをする。
「それぞれの頭の中に、こうであって欲しい理想のみなもちゃんはいるんだろうけど。それは俺の考えるみなもちゃんのキャラクター像と、必ずしも一致しないわけでさ。中身なんて無い方がいいんだよ。自分の欲望を満たす表層さえ与えてもらえれば。自分を拒絶するかもしれない可能性があるのは怖いだろ。自分の中で膨らませた理想と実態が別だと分かった時が一番怖いよね。俺を裏切ったな、ってなるじゃん」
僕が一番君のことわかってる。みなもに群がる全ての男がそう思っている。岡井だってそうだ。
本当は誰もみなものことなんて見てはいないのかもしれない。それぞれが見たい白昼夢だけを見ている。
この間撮影した動画を更新して、荘野は仕事へ、岡井は自宅に戻る。
強く握られた手の痛みを、まだ覚えている。痛いと感じられるのは、生きているから。死んでしまえば、あらゆる痛みから解放されるのだろうけれど、それを望んでいるわけじゃない。
あらゆることへの解決法が見つからないまま、時間だけが過ぎていく。もうすぐこの団地も消えてなくなる。残り時間はあと少し。
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