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小さなピンク色のローターを後ろから挿入すると、みなもは小さく声を漏らした。指で中をほぐす間も、服の上からローターで乳首を撫でている間も、声を押し殺して耐えていたのに。
「まだ慣れない?」
その問いにみなもは無言で頷く。四つん這いにさせられた膝は小さく震え、目隠しをされている。いつも通りに。
オムツを履かせてやり、上から陰部の膨らみに触れるとみなもは深く息を漏らした。
「いっぱいお漏らしていいからね」
耳元でそう語りかけ、怖くないからとみなもの頭を撫で手を握ると、ぎゅっと強く握り返してきた。やわらかな頬と唇を撫で、それらを締め上げるように晒し布を噛ませる。それから脚を膝を曲げた状態で縄で縛り、手枷はそれぞれ細いチェーンで首輪と繋げられている。四肢を拘束されたみなもは時折不安げに、しかしこれからはじめる調教への期待が入り交じった表情を浮かべる。身動きが取れなくなったみなもの肉体を引きずり、押入れの下段へ押し込む。
大丈夫、と優しく身体を撫でてやりながら、ローターのスイッチを入れ、そして押入れの襖を閉めた。
みなもが狭い押入れの中で身体をよじり、脚をバタつかせ悶える様子を、据え置いたカメラを通してじっくりと眺める。視界が塞がれ何も見えてないみなもにも、そばで見守っていることは伝わっている。
頃合いを見て押入れを開ける。みなもは何度もイかされてすっかり果てていた。膨らんだオムツの上から陰部を撫でてやると、びくんと身体を反応させる。押入れから引きずり出し、よだれを手で拭ってやると、ようやく安心したのか微笑んだ。
「頑張ったね、えらいよ」
ローターのスイッチを切り、みなもを抱きしめてやると、全身の重みを預けてくる。みなも。名前を呼びながら、さらに強く抱きしめる。
妄想から醒めた時には、とっくに動画は終わっていた。岡井は後始末をしてから、もう一度見る、のボタンをタップする。
みなもの動画の更新は月に三、四回だから、まだ数日は新作はないだろう。何か代わりの動画を、と思ってもみなも以外のアダルト動画を随分見ていない。みなもに出会ってからも最初の内は他にも良いのがないか探していたけれど、どのAVも素人投稿動画もしっくり来ず、結局みなもの動画に戻ってきてしまう。
みなものSNSの投稿をなんとなく遡る。四桁いるみなものSNSのフォロワーのうちの何人かは、毎日のようにリプライを熱心に送っている。すっかり名前もアイコンも見慣れてしまった。まだ岡井にはそんな勇気は出ず、いいねボタンを押し、動画や写真の投稿を自分のSNSでシェアして感想を書くだけ。妄想をするだけ。
動画の更新がない間でもみなもはSNSに写真を毎日投稿し、過去の動画の紹介をしている。今日は押入れに収納される動画。
「せまいとこにしまわれちゃうの、好き」
「檻で飼育されるのやりたい」
動画の紹介にみなものコメントが繋げられている。もう何度も観た動画だけれど、またなんとなく観ては妄想に浸る。
ふと途中で気になって、岡井は動画を止めた。みなもが押入れの中に放置されているシーン。スクリーンショットをいくつか撮り、別の動画を投稿サイトの一覧から探す。初期の動画で風呂場の浴槽に監禁されているもの。ベランダで撮られた動画から、排水溝や隔て板、柵の形状がわかるシーンのスクリーンショットを撮っていく。
フローリングの部屋に押し入れがあるのは不自然だ。みなもの部屋は、明らかに古い団地だ。岡井が今住んでいるのと変わらない、むしろかなり似た建物。やはりあの子は。でもこんな団地、どこにでもある。郊外のあちこちに似たような団地が似たような時期に大量に建てられたというのだから。でも、もしかしたら。
ベランダのサイズや撮影用に空の部屋を確保できることを考えると、この部屋は複数の間取りがあるのだろう。自称二十歳とはいえ若い子が単身で住むには違和感がある。家族と同居では動画を撮るのは難しい。撮影用に借りたにしても広すぎる間取りだ。となると、その他の同居人や部屋の提供者がいると考える方が自然だ。飼い主? ご主人様? 本当に監禁調教されている? いや、AVやエロ漫画じゃないんだから。
拘束されたみなもがうずくまる浴槽は、自宅の狭苦しい浴槽とそっくり同じで、壁のペンキは塗り直してあるようだが、栓を繋ぐボールチェーンも見慣れたものだ。もしかしたらあの子もこの団地に。そんな妄想したって無駄なのに。
それでも君がいれば。この沸騰しない程度の温度で煮込まれ続ける地獄でも、君がいるだけでずっとマシだ。
しかしもう一つの可能性。それについて一瞬考えて、いやまさかと振り払う。
それでもなんだかみなもに、みなもという存在に希望を持ちたくて。岡井は毎晩動画を再生し、下着の中に手を入れる。
どうしてみんな何でも通販で済ませようとするんだ。飲料水、米、健康食品、化粧品、その他なんだかよくわからないもの。配達に行く前に電話して金額も伝えてあるのに、代金引換のお金を用意していないのは何故なんだ。頼んでないのに商品が毎月届く、もう来ないでと訴える受取人から受け取り拒否のサインをもらい、販売会社に電話をして定期購入を解約してくださいとなだめる。そして年寄りだからわからない出来ないと怒鳴られる。
階段を登って降りて、次の配達先の荷物を見て、岡井はあまりの疲労感にその場に座り込みそうになった。大型犬用のペットケージ。この団地はたしか犬猫の飼育は禁止じゃないのか。届け先の住所を確認すると、見慣れた部屋番号だ。
他の荷物が一緒に運べないため単独で配達に行くしかなく、大きなダンボールをなんとか抱えて三階まで上る。もういい加減起きてるだろ、とチャイムを鳴らす前に再び配達ラベルを見て、全身の血が急速に足元に落ちていった。部屋番号と名字だけで確認出来てたつもりで軽く流してた。「荘野様方mnm様」
みなものSNSのアカウントには同じ文字列が入っている。差出人はハンドルネームらしき名前の人物からのギフト、となっている。知ってる、この名前。見覚えがある。どこで見たかもわかる。ペットケージを誰が何の目的で欲しがって、通販サイトの「ほしいものリスト」に入れてSNSに公開していたかをよく知っている。
取り敢えず今は荷物をこのまま玄関に置き去って帰りたい。この間は置いていっていいと言っていたとはいえ、万が一会社に申告が入ったら。そういうことをするタイプじゃないとはわかっているけれど。大体こんな大荷物を狭い共用廊下に置いていったら、他の住人から文句が出るかもしれない。早く、早く帰りたい。
こういう時に限って、チャイムを鳴らしたらすぐ出てくる。今日は起きてたよ、と寝起きそのままの格好の荘野は配達証にサインをする。
「岡井、今日仕事何時に終わる?」
ボールペンを返しながら荘野は上目遣いで岡井の顔を覗き込むように見る。見るな、その目で見るな。
「終わったらうちに来て欲しいんだけど。頼みたいことがあるんだよね。夕飯も奢るし」
「何で。何、頼み事って」
嫌な予感。物凄く嫌な予感がして、これ以上荘野と関わりたくない。適度な距離を保ちたい。
「悪くない話だと思うんだよ、岡井的に」
「時間があるといいんだけど……超勤あるかもしれないし……」
「あのさ、いくら裏アカウントだからって、住んでる地区特定されるような写真をアイコンに使うの良くないと思うよ」
その瞬間、岡井の身体中の筋肉が一気に硬化した。違う、と思いたくても脳が固まって声も出ない。
「ご当地マンホール。あと表アカのフォロー、今すぐ外した方がいいよ。表からしてなくてもバレるから。大体表の方のアカウント名もさあ、あだ名と誕生日って酷いな。今すぐ変えろ、ていうか鍵かけろよ。仕事の愚痴とか書きすぎ。下手したら特定されるから。お客さんからお菓子もらったとか、当日に書くのはやめな。それと特にラーメン好きでもないくせにラーメンをアイコンにするなよ。金峯亭だろ、国道沿いの」
「……待って、ちょっと待って、今、頭が追いつかない」
「なんだっけ、『イカされて失神するシチュエーション最高』」
「他人の書き込みを暗記するな……」
「陸に上がった魚みたいな顔しやがって。馬鹿じゃねえの」
荘野は軽く笑った。
普通に生きていて、なかなか幼なじみから「もっとエロいアングル増やしたいからカメラ回せ」と頼まれることはないと思う。
荘野の部屋は自分でリフォームしたらしく、風呂場や部屋の壁が塗り直されていた。ダイニングキッチンと和室二間の内、一部屋を撮影用の部屋にしている。古い畳の上にもフローリング風のフロアマットが敷かれていて、この部屋だけならこの団地だとはわかりにくい。撮影用の大きなライト、三脚とビデオカメラなど撮影機材が設置されている。どうせ取り壊しになるんだから、と部屋は他にも色々手を入れてある。小中学校の頃は基本的には真面目なやつだった。なにがどうなってこんなことに。
飲める? と荘野はビールをトマトジュースで割ったレッドアイを出してくれた。チーズ味のトルティーヤスナックと、コンビニのポテトサラダと唐揚げ。これ美味いよって温めたばかりの小籠包がテーブルに置かれる。子供の頃で記憶が止まっているから、一緒に酒を飲むのは違和感しかない。誰かとこうして酒を飲むのも久しぶりすぎて、作法が思い出せない。この居心地の悪さはそれだけではないのだが。
「映像の専門学校行ったんだけどさあ。なんか、俺には特別撮りたいものがないって気付いちゃったんだよね。描くべき深い内面とか特に何にも持ってないねえなって。それに映像って基本集団活動だし業界も体育会系気質でさ、そういうの苦手なんだよ。授業は面白かったけど、周りと温度差あるなって。一応制作会社のADやってたんだけど、徹夜続きで全然家帰れなくて。会社の床で寝袋で寝て起きてエナジードリンク飲んで、機材と人乗せたライトバンで首都高走りながら、このままだと死ぬって思って辞めちゃった」
荘野は冷蔵庫からチーズかまぼこを出して、ドアを足で閉める。ハーフパンツから出るその脚のラインは、何度も眺め続けてきたあの脚と同じもの。ほっそりとした手足と首。あのいつもの首輪が嵌められていないけれど、見慣れた首。陽に当たらない生活をしているせいか色白で、スキンケアや除毛もしているため岡井の肌とは明るさが違う。動画のためとはいえ大変だな。
岡井は身体中の力が抜けて、ダイニングの椅子に座っているのも怠く、背もたれに全身を預ける。
「専門の学費がバカ高くてさあ。課題とか結構忙しくて。高校の時からコンビニやってたんだけど、シフト入れるの厳しくなって辞めて。それで、女装男子がコスプレで接客するセクキャバに」
「ハア?!」
岡井が思わず身を起こして声を上げても、荘野は気にせずにレッドアイを一口含んでから続ける。
「短時間で高収入狙うと、そういう系に当たるよね。モノ作りするのに色々変わった体験した方がネタになるかなとか、そういう甘い目論見もあったんだけど。ニッチな方が身バレしにくいかと思って。で、衣装がスクール水着で上だけセーラー服着て。まあ潰れちゃったんだけどね。半個室で触らせ放題で、大分グレーゾーンだったしな。でもあの店のお陰で奨学金をある程度繰り上げ返済できたから。で、店長が付けた源氏名がみなもちゃん」
いただきます、と荘野は事も無げに小籠包をほおばる。突然の話の展開に岡井は椅子に座り直して、大きく息を吐いた。
「荘野の物事の善し悪しの基準がわからねえよ……」
「いや、単純だろう。俺の同意があるかないか」
レッドアイを数口飲んで、頬杖をつきながらつまみを口にする。目の前の荘野は、よく知る荘野だ。たしかに画面の中のあの子と同じなのに、うまく結びつけられない。岡井にも説明しづらい数年があったように、想像出来るわかりやすい枠の中を生きてる人ばかりではない。頭ではわかっていても、簡単には飲み込めない。
「会社辞めてコンビニ戻って、どうすっかなって思って。なんかほら、ネット見てるとエロサイトの広告出るじゃん。素人の個人撮影動画とか見ると、絶対俺の方が良い画が撮れると思って」
「何に対抗意識を燃やしてんだよ」
「監督が脚本と主演を兼ねてる映画なんていくらでもあるだろ」
「そういう映画はあるけど、これは全然違うだろ。ちゃんとした映像作ってたんじゃないの?」
「えー……、みなもという架空のキャラクターを、イラストやCGではなく作者自身の身体を素材とし、生身の肉体を持った存在として成立させてる、身体性を伴った表現?」
「いかにもそれっぽいことを言うな」
いたずらっぽく笑う荘野を見ていると、少し気が抜ける。それは決して呆れているわけではなくて。
「月のトータルでいったら今の動画配信もセクキャバも大きな差はないんだけど。同じスクール水着を着てても、酔っ払いのおっさんの膝の上で身体触られてへらへらしてた時より、今の方が全然楽しいよ。自分で全部コントロール出来るから。見せ方考えて作って、ってのはやっぱり性に合ってるし。触られるのってストレスじゃん。イルカセラピーのイルカは寿命が短いっていうよ」
楽しい、と言うけれども。本当にいいのか? と突っ込み損ねて、岡井は頷くだけ。今この瞬間にも誰かが動画を見て自慰行為をしているし、テーブルの隣の席には所謂そういう目で見てきた人間がいるのに。
「面接の時の店の説明はソフトタッチだから大丈夫って話だったのに、ガンガン触られてたし。みなもちゃんのキャッチコピーは全身性感帯だったし。常連客には膝の上でお漏らししてくれたら一万円やるって言われるし」
「やったの?!」
「やらねえよ。やるかどうか悩んで、その悩んでた時のこと時々思い出して死にたくなる。店に禁止されてるとこ触ってくるおっさんに、やめてくださいようとか言いながら感じてる演技してたのもたまに頭によみがえって、めちゃくちゃ死にたくなる」
「……動画でその頃より稼げるようになるといいね」
「何良い話っぽくまとめようとしてんだ。今の話に良い話になる要素一ミリもないぞ」
荘野は軽く笑いながら少しスマホをいじってまたテーブルに伏せて、酒に口をつける。
「まあ、みなもちゃんに俺の奨学金を全額支払ってもらうつもりで、動画で稼いだ分は全部繰上げ返済に回してるよ。滞納すると財産差し押さえになるからさ。返せる時にさっさと返したい。借金なんか抱えるもんじゃないだろう」
大して飲んでもいないのに、他のものを入れすぎたのか頭がぼんやりする。荘野にとってはこんな風にさらりと話してしまえる程度のことだとは、さすがに思わない。
幼なじみにも信者にも話せないけれど、そのどちらでもある岡井になら話せる。そういうことなのだろう。
「なんで映像の専門学校に行ったの」
「……なんかさ、子供の頃に夜中に目が覚めて真っ暗な家に一人でも、テレビを点けたら必ず誰かそこにいて楽しそうに喋ってるの観て。明るくて良いなって思ったから。ドキュメンタリーとか見ると、色んな人生があっていいんだなって思えるじゃん」
暗闇で、手のひらの中で輝いていた僕の神様。間違いなくここにいる。
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