6人が本棚に入れています
本棚に追加
Side A - 運命
「これが運命ってやつだと思ったね」
間接照明で淡く照らされた室内。木製の重厚な扉。
その扉を一歩出ると、『Bar Siren』『closed』という2つのネオンサインがレンガ調の壁面に掛けられている。
「その言葉あと何回聞けばいい?」
茶髪というには明るすぎる前髪を鬱陶しそうにかきあげ、男は水滴が滴るグラスを真っ白な布で拭った。
「いや、だってそう思わない?まず第一に黒髪ショート。そしてあの身体の小ささに似合わない巨乳」
「それだけ聞いたらただの最低野郎だね」
そんな言葉など気にする素振りもなく、センターパートの黒髪の男は続ける。
「顔だけじゃなくて服の感じもタイプで俺の理想そのものなのに、趣味も合うし料理もうまいし、極めつけは・・・」
「名前が同じ」
茶髪の男は呆れたように言い、黒髪の男の言葉を遮った。
「優、もういい加減聞き飽きたって。そんな奇抜な名前じゃないんだし、同じ名前の人くらいいるでしょ。それよりそこのテーブルまだ汚れてない?」
優と呼ばれた黒髪の男は、話の腰を折られてもなお話を止める気配はない。
「いや、だって冷静に考えてみてよ。清水優ってフルネーム同じなんだよ?趣味も好きなものも嫌いなものも同じだし!」
興奮覚めやらぬまま、清水は声楽家さながらの声を室内に響き渡らせた。
「これを運命と呼ばずしてなんと呼ぶんだね、前田君」
「でも付き合って4ヶ月経つのに、まだ向こうの家に1回も行ってないんでしょ?」
「いや、それは・・・まぁそうだけど」
不意に突きつけられた事実に清水は言葉を詰まらせる。
そこにトドメを刺すように前田は続けた。
「本当は彼氏持ちか、もはや既婚者か・・・。お前、騙されてるんじゃない?」
「そんなわけないだろ!優はそんな子じゃないから」
2人の運命の出逢いを否定されただけではなく、優を悪く言われたことが相当気に障ったのだろう。
清水は表情を曇らせたまま
「くだらないこと言ってないで早く終わらせて帰ろう」
と冷たく言い放った。
「はいはい。どうせこれから優ちゃんと会うんでしょ?"優"の家で」
前田は清水の機嫌を取る素振りも見せず、皮肉めいた笑みを浮かべバックヤードへと消えて行った。
最初のコメントを投稿しよう!