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脱藩者でお尋ね者の龍馬さんだが、千葉道場の人々にとっては、まるで家族のようなものらしい。
その晩、千葉家では龍馬さんを歓迎し、酒の席が設けられた。ささやかなものだったが、あれこれと話をして盛り上がり、ずいぶん遅くまで起きておられたようだ。
酒臭くなった龍馬さんが、わたしの寝ている四畳半に入ってきたのは、真夜中だった。
うっすらと行燈が着いている中、のそ、のそ、と入ってきて、ばたんと布団に倒れ込んでいる。人様のお宅に厄介になっているとは思えないくつろぎ方だ。
せっかく眠っていたのに、龍馬さんのせいで目が覚めた。
龍馬さんは布団を被らないで大の字になって寝ており、口をかぱあと開いて、があがあ鼾をかいていた。
「ちょっと、ねえってば」
でかい龍馬さんの体を転がし、掛け布団を引っ張り出す。
「風邪、ひいたら、どうするん、ですか」
ごろん、と、龍馬さんは背中を向ける。その上に布団をかけた。
ふぁさっと微かな風が起き、龍馬さんのうなじの毛が揺れた。
その時だった。
「うわああっ」
龍馬さんは飛び起きた。凄い勢いで枕元の刀を取り上げ、抜刀の姿勢を取る。
熟睡しているかと思ったら、そうではなかったらしい。
龍馬さんは目を見開き、冷汗をかいて構えているのだった。
怖がっている。
龍馬さんは、いつ、自分が捉えられ、命を奪われるのか、内心、気が気でなかったのかもしれない。
はた、と、龍馬さんは気づき、刀を下に置いた。
そして、目の前に立ち尽くしているわたしにとびかかると、いきなりぎゅうぎゅうと抱きしめ、「おりょううう」と唸ったのである。
逃れる隙はなかった。
力任せに抱きしめながら、龍馬さんは上にのしかかってくる。布団に押し付けられ、ひたすら抵抗した。そして、この男はもしかしたら、すべてを見抜いているくせに馬鹿の顔をしているのだろうかと疑った。
「おりょう、結婚しよう」
と、龍馬さんは言い、問答無用で顔を寄せた。
接吻を受けながら、「どうなるんだこれから」と思う。まさか、こんなことになるとは。
乙女様にどう報告すればよいだろうか。
これは、予定にないことだ。
顔が離れた。ようやく息がつける。はあー、と、ため息をついた。
やけに静かだな、と思ったら、真上で龍馬さんが愕然としてこちらを見下ろしている。口を半開きにして、何とも言えない表情をしていた。
「うわー」
と、龍馬さんは言った。
そして、凄い勢いでわたしの上から飛びのくと、壁に向かって、ごんごん頭を打ち付け始めたのだった。
「以蔵が、以蔵と、以蔵に、以蔵のことを」
ぶつぶつ呟いている。
わたしは以蔵君似の変装をしている。そのことを、時々自分でも忘れてしまう。
この姿をしている限り、わたしがりょうたであることを気づかれる恐れはないはずなのだ。
「うう、以蔵」
龍馬さんは苦悩している。
酔い過ぎだ。良い年をして、酒に飲まれてしまっているなんて。乙女様が知ったら、どんな顔をされることか。
「寝ましょう」
わたしは呟くと、そっと後ろに近づき、飛び上がって、龍馬さんの首根っこを打ってやった。
一瞬にして龍馬さんは眠りにつき、どすんばたんと寝転がったのである。
世話の焼ける人なのだった。
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