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その六 文久二年、九月、京都
桂浜を眺める。
土佐に帰還中は、毎日浜に通った。
ここに来ると、以蔵君や龍馬さんの背中を思い出す。
(思いが強くなると、海に向かいたくなるのだろうか)
土佐の男は。
以蔵君は自分の貧しさや、思うようにゆかないことを海に叫んでいた。
龍馬さんは、定まらない思いに苛立って海を眺めていた。
今、以蔵君は武市さんに連れられて京都にいるという。土佐勤王党に加盟したらしいし、きっと、武市さんに取り立てられて、報われた思いでいっぱいだろう。
(どうか、以蔵君が大事にされ、生き方に満足できていますように)
打ち寄せる波、遥か水平線に向けて、わたしは祈る。
決して、以蔵君のことは嫌いではないのだ。
以蔵君が土佐を出る前、納屋で押し倒されたことがあった。あの時、以蔵君は、激しく嫉妬していた。龍馬さんに対する対抗心を燃やしていた。
以蔵君の目には、龍馬さんが、なんら苦労せずちやほやされているように見えたのかもしれない。
おまえも龍馬が良いのか、と、以蔵君は吐き捨てていた。
以蔵君の心の深い傷が見えたので、わたしはあのようなことをーー接吻し、抱いても構わないと言ったーーした。
思わず、唇に手を当てる。
以蔵君は、あの時、泣きそうな顔をした。もしかしたら、納屋から飛び出しながら、泣いていたかもしれない。
以蔵君が欲しかったのは、女のからだではない。
そうじゃない、そうじゃない、と、以蔵君は言っていた。
以蔵君は、今は、欲しいものを手に入れたのだろうか。
誰か、以蔵君を慕ってくれる人は現れただろうか。
(なんで、以蔵君の側にいるのが武市さんなんだろう)
もし、以蔵君の側にいるのが、龍馬さんだったならば。
ふっと、そんなことを考えた。
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