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土佐に戻っている間は、毎日、例の製薬に尽力した。
材料を集め、練ったり、絞ったり、煮立てたり、乾かしたりして、処方に忠実に行う。
時々親爺殿が覗きに来ては「うまくいっている」と褒めてくれる。
丸薬ができた時、意外に良いにおいがするので驚いた。
怪しげな薬だから、どんな嫌らしいにおいかと覚悟していたのだ。だが、その丸薬はまるで、飴玉のように甘い香りがし、そこにあったら、ついつい口に放り込んでしまいそうだった。
色も、艶やかで半透明な赤い色である。日にかざすと宝石のように美しい。
この、丸薬が。
口に入れたくなるのを堪える。いけない、これを飲んでしまったら、どんな副作用がでるか見当もつかぬ。
ネズミは尻尾を竹トンボにして空中浮遊したが、人間が飲んだらどうなってしまうのだろう。
想像もできなかった。
「おー、できたかー」
家の裏のかまどの前で、できたての薬を麻袋に詰めていたら、親爺殿がやってきた。
ひょいっと一粒つまむと、「良い出来じゃねえかー」と言った。驚いたことに、親爺殿は、摘まんだ一粒を口に放り込んでしまった。ころころと転がし「これがウメエーんだわ」と言っている。
「大丈夫なんですか」
と聞くと、親爺殿は「死なねーよ。この薬のお陰で、最近、足腰が強くなった。引退はまだまだ先だなあ」と言った。
人間には、副作用は出ないんだろうか。
海に飲ませてみるか、と、親爺殿が言うので、「いや、他の鳥で試して見てから」と断った。
どこかから逃げてきた鶏を一羽、昨日捕まえたのだ。こっこ、と、暢気に、さかさにしたザルの中で餌をついばんでいる。
申し訳ないが、こいつで実験させてもらう。死にはしないなら、まあ、いいだろう。
まあ、やってみろや、と親爺殿が言うので、鶏をザルからつかみ出した。親爺殿に鶏を持っていてもらう。怒った鶏は、手を近づけるとつつこうとしてくる。
「そのまま薬を持ってきなさい。においに釣られて自分から食うぞ」
親爺殿は言った。
そのとおりにしたら、鶏は嬉々として、わたしの手から薬をついばんだのである。
さて、服薬はした。
なにが変わるだろう。
「個体差はあるが、まあ、明日かあさってには結果が」
親爺殿が言いかけた時だった。
ばさあ。
孔雀が羽ばたいたかと思った。
解放された鶏は、早速広い野原に駆けだそうとした。その時、羽根が一気に広がった。
一瞬にして茶色い鶏は、極楽鳥に変身したのだった。
ばさあ、ばさあ。
鶏が、空を飛んでいる。低いけれど、飛行している。
美しい羽根と、長く伸びた尻尾を揺らしながら。
「なんだー、あれは」
流石に親爺殿も面食らっている。
滋養強壮、延命効果のある薬をついばんだ鶏。副作用は、極楽鳥に変化することだった。
ゆさあ、ゆさあ、と羽ばたきながら鶏は野に出てゆき、遠くの畑から村人が「極楽鳥だー、ありがたやー」と叫ぶ声が聞こえてきた。
「効果の出方は個体差があるからなあ。鶏は、即効だったなあ」
親爺殿は苦笑いしていた。
海も、鳥だから早く効果が出るかもしれない。
極楽鳥になってもらっては、困るのだが。
「博奕みたいなもんだなー、どんな副作用が出るのかは」
親爺殿は言う。
「どうする。もし海が、夜になったら発光するような体質になっちまったら、もう仕事にはつれてゆけねえなあ」
わたしは悩んだ。
海には働いてもらいたい。しかし、変な副作用は困る。
「もう少し、考えてから」
と、言おうとした時、ばさっと背後で音がした。海が空の散歩から戻ってきたらしい。
かまどの前に置いた台に止まり、麻袋から零れた丸薬に興味を示している。
あ、あ。
止める間もなかった。
海は嬉しそうに丸薬を口に入れ、さも美味しそうに飲み下したのである。
あるじ。もっとありませんか。もっと。
そう言いたげな顔で、目をきらきらさせている。
「はわ」
わたしは息を飲んだ。親爺殿は、ぽん、と、わたしの肩を叩くと、通り過ぎた。
「まあ、結果を待つことだ。仕事に支障がでるようなことになったら、諦めて他のカラスを使うんだな」
はわ、はわ、はわ。
おろおろと海を眺めているが、別段、変化は今のところ見られない。
海はきょとんとしていたが、丸薬のおかわりがもらえないことを察して、また飛んでいった。
心なしか、いつもよりも活気のある飛び方に見える。
「こーけこっこー」
遠いところから、極楽鳥に変身した鶏の鳴き声が響いてきた。
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