第三部 嵐の前

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 土佐を出発する前に、親爺殿から「きみに、よろしく伝えてくれ」と言われる。  通り道だから、京都に寄れないこともない。  以蔵君がいるらしいと聞いて、京都に行ってみたくなっていた。  早朝に、乙女様に挨拶に行った。  相変わらず、庭で藁人形を相手に長刀を振るっておられたが、わたしを見て手を休められた。  汗をぬぐうと、縁側にお座りになった。  「行くんですね」  と、言われて、わたしは頷いた。乙女様はにっこりと微笑まれる。  おいで、と、わたしの肩の海に手を差し出された。海はひょいと乙女様の大きな腕に止まり、撫でられて目を細くした。    「江戸に行くついでに京都により、土佐勤王党の様子を見てこようかと思っています。一日ばかり江戸に到着するのが遅れますが」  と、わたしは言った。  江戸へ行くのは、乙女様からの依頼である、龍馬さんの見守りのためなのだ。京都に立ち寄るならば、ご主人の許可がいる。  乙女様は、ああ、いいんじゃないかしら、と言った。  「カラスは、もう大丈夫なの」  乙女様は言う。海の頭を撫でながら、よしよし、と声をかけておられる。  「大丈夫です。もう、日本の北から南まで、どれだけでも飛ぶことができるでしょう」  わたしは答えた。  実際、そのはずだった。  海の羽根はつやつやと輝き、若い力を取り戻している。  否、若かった頃よりも、活気に溢れている。  恐らく、今の海に叶うカラスはいないだろう。カラスどころか、タカやハヤブサと戦っても、海ならば勝てる。  じゃあ、次の便りはカラスになるのね。  乙女様はそう言うと、そっと海をわたしの肩に帰して下さった。そして、その優しい大きな手で、わたしの頭をごしごし撫でて下さったのだった。  「気を付けてお行きなさい」    乙女様は頷き、立ち上がる。  さあ、行きなさい。その細い目が、力強く促していた。  「はい。行ってまいります」  御主人。  わたしは頭を下げると、跳躍した。岡上家の屋根に飛び乗ると、そのまま忍の走り方でかける。屋根から屋根へと。そして、土佐城下を飛び出し、道なき道を経て。  京都へ。 **
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