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その二 再会
人通りの多い場所で、脱藩者と人斬りが再会し、「うおー」とか「ぎゃーはははは」とか奇声をあげている。互いを指さしあい、白い歯を出して狂ったように笑い転げている。
目立たないわけがない。
先に気づいたのは龍馬さんの方で、「以蔵、ちょっとこっちこんか」と、建物の影になった小道に誘い込んだ。
夕暮れ時なので、もとから暗い裏路地が闇に近くなっている。生ごみの匂いが漂っていた。
わたしもまた、適当な影に身を隠してから、一気に建物の壁を駆けあがる。屋根の上に腹ばいになり、二人の様子を眺めることにした。
「龍馬、無事だったか。江戸におるとは」
以蔵君は嬉しそうだ。単純に、土佐のなじみの人間に会えたので喜んでいるのだろう。
一方、龍馬さんは、嬉しそうにしながらも、じいっと熱い目で以蔵君の様子を凝視している。なにか以蔵君が喋るたびに、ぎゅっと近視の目をすぼめ、ぬっと一歩前に出ている。
みるみるうちに、以蔵君と龍馬さんの距離は近づいた。
以蔵君が違和感に気づいたのは、あまりにも接近してくる龍馬さんに押されて、建物の壁に背中がぶつかった時である。
「りょうまぁ」
なんだお前、俺の顔になんかついているのか。
龍馬さんは、じりじりと以蔵君に迫る。そして、以蔵君が壁に追い込まれて身動きができなくなった瞬間、ぎゅっと以蔵君を抱きしめ、肩や背中やいろいろなところをまさぐり始めたのだった。
「ぬああああああア」
以蔵君が悲鳴を上げている。
一方龍馬さんは、以蔵君の体から少し離れると、まじまじと色々な角度から観察した。そして、ついに以蔵君の袂に手を突っ込み、胸を探ったらしい。
「ぴ」
以蔵君は潰された蛙のような声を出した。
龍馬さんは極めつけに、以蔵君の股間を袴の上からまさぐった。今度こそ以蔵君は龍馬さんに張り手を食らわした。
「うーん、やっぱりお前は以蔵だよなあ。女ってことはないよなあ」
龍馬さんは懐で腕組みをしながら言う。
「悪かったよ。しかしな、聞いてくれ。脱藩してから今に至るまで、ちょいちょい、お前の顔と、気になっているおなごの顔が重なるんだよ。だからな、思わず」
ぼぼぼ、ぼっ。
以蔵君は、全身に鳥肌を立てているようだ。痴漢に襲われた少女のような目つきで龍馬さんを睨み、距離を取っている。
龍馬さんは空気を読まなかった。
「間違いなく、お前は以蔵で男だよ。乳はないし、玉もある」
いやあ、良かった。接吻してしまうところだった。
龍馬さんは、うなじをボリボリかきながら、悪びれもせず言った。
気色悪い、寄るなあ。
以蔵君は殺気すら放っている。もう一押ししたら抜刀するかもしれない。
「と、いうかのう。お前とそっくりな小さい奴がこっちにおってな。瓜二つなんだが、お前、もしかしたら、腹違いのきょうだいはおらんのか」
いるかそんなもん。
以蔵君は唾を飛ばしている。そして、理解に苦しむといった様子で、龍馬さんの顔を眺めたのだった。
「まあ、龍馬は昔から、ちっくと変わっとったきなあ」
以蔵君は、なんとかそう思うことで、気持ちを整理したらしい。
龍馬さんは何もなかったように「懐かしいなあ。武市さんも江戸にいるんだろう。会いたいもんだ」と言っている。
あまり長い時間喋っているわけにはいかないだろう。
以蔵君と龍馬さんは、必要なことを伝え合ったようだ。
以蔵君は、武市さんに龍馬さんのことを伝えると約束し、「近々、会えると思うぞ」と頷いた。
龍馬さんは頷くと、笑顔になった。
二人はそっと表通りに出ると、別々の方向に分かれて歩き出したのである。
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