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龍馬さんについて旅をするのは初めてではないが、今回は、忍ぶことなくーー変装はしているがーー並んで道行くことができるので、有難かった。
龍馬さんも、共がいると多少なり、節度を守られるようだ。決して金持ちではないが、この旅の間、飲まず食わずで夜も歩き通すことはなさらなかった。流石に宿を取って泊まるような贅沢はできず、軒下や木の下で眠る野宿を繰り返したが、そこには龍馬さんなりの気遣いがあったと思う。
「寒かろう」
と、龍馬さんは自分の合羽をとって、わたしに掛けてくれるのだが、そんなことをされて、龍馬さんが風邪でも引いたら乙女様に顔向けができない。
必死になって拒否するのだが、低く小さな少年の声でものを喋っても、いまいち主張が通りにくいのだった。
最終的に、大きな雨具に二人でくるまり、暖を取る形になった。
「経済的で良い」
と、龍馬さんは言う。
わたしも、龍馬さんにくっついている安心感と温もりのために、忍でありながら、熟睡したことがある。
海岸が近い細い道の脇、寒い夜空は星が輝いている。風は冷たいが、合羽の中は温かだった。
はっと目を覚ました時、龍馬さんが起きておられた。龍馬さんは近眼の目をすぼめて空を眺めており、しかめた眉が険しかった。合羽の中で、強い片腕でわたしの体を守り、もう片腕は刀を支えておられる。
勝先生と出会ってから、龍馬さんの表情が変わった。
はっきりと芯が出来上がり、進むべき道が分かったからだろう。
寝たふりをしていると、龍馬さんがふいにわたしの顔に視線を当てた。鋭い目である。少し口元が笑っているようにも見える。妙な表情だ。
(分かっておられるのだろうか)
やはり龍馬さんは、正体を見抜きながら、知らない顔をしてわたしを側に置いておられるのだろうか。
「うーん」
と、龍馬さんは思慮深げな唸り声を発した。
「損な顔だぁ。正視に耐えん」
あっ、酷い。
龍馬さんは、以蔵君に似せた顔をまじまじと見つめ、損な顔と言った。
あれはあれで、味わい深い顔だと思うのだが。
「どうしているか」
眠そうに呟くと、龍馬さんは目を閉じた。寝てしまったらしい。
以蔵、どうしているか。
わたしもまた、以蔵君のことを考える。
武市さんの命令する通りに人を斬っている以蔵君。江戸で見た時は、相変わらず武市さんに心酔しているように見えた。
だけど。
(なんであの時、高杉晋作と一緒にいたんだろう)
過激な攘夷思想と武市さんの掲げる土佐勤王党は、似て非なるものだ。
(以蔵君、君は何を考えている。武市さんの下で活躍しているんじゃないのか)
武市さんは京都にいるはずだから、もしかしたら、以蔵君とも出会うかもしれない。
相変わらず人斬りをして、公武合体派や佐幕派を震え上がらせているのだろうか。
人道に外れているが、それならそれで、以蔵君は自分の道を進んでいると言えるかもしれない。
一番いけないのは、半端なことだ。
以蔵君は、武市さんの元で働きながら、どうして高杉さんと会っていたのか。
(君は、そんなに器用な人じゃないんだから、下手なことを考えちゃ駄目だよ)
まもなく龍馬さんは、京都に入る。
文久3年、1月の下旬。
偶然にも、かつての土佐藩主で、安政の大獄時に隠居を余儀なくされながらも、吉田東洋を通じて土佐藩を掌握していた山内容堂様が上洛したばかりであるという。
龍馬さんは、ぶらぶらと伏見を歩く。
懐に両腕をつっこみ、袖をぶらつかせながら、「はて、どこに行けば土佐藩士に出会うか」と呟いていた。
とりあえず土佐藩邸付近をぶらつくか、と、恐ろしいことを言い始めるので、これはいかんとわたしは思った。
(脱藩者が土佐藩邸に近づいて、どうするのか)
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