大事なデータ吹き飛ばして復旧作業間に合わなそうだから、仕事のできる友人を本気にさせるために嘘ついてみた

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 深夜の休憩室で煙草を吹かしていると、同じく休憩をしに友人がやって来た。 「よお、隣いいか?」 「いいぞ」  友人は20数年の幼馴染だった。  小中高と同じ学校に通い、大学も学部は違えど同じ大学に行った。  そして今、同じ部署でパソコンを並べている。 「進捗どうよ。俺は終わる気がしねえ」 「奇遇だな、同じ気持ちだよ」  苦笑いを浮かべ合う。何故なら締め切りは明日の朝一番だ。  腕時計を見ればタイムリミットまでもう数時間もない。  窓の外の月も大分西に傾いていた。  せめて人手があればまだ間に合うかもしれないが、残業で残っているのは今休憩室に残っている二人だけ。  煙草を吸って煙を肺いっぱいに吸い込んで吐き出す。 「どうする終わらなかったら。俺ら、やっぱ首かな?」 「まあ、データを吹っ飛ばした挙句、必ず修復するって部長に啖呵きった手前だからな……。良くてクビ。今回の件で取引が無くなって、会社が倒産ってなれば訴訟もんだな」  友人は頭を抱えてため息をついた。 「あ~あ、次の仕事どうすっかな……お前次なに系?」  友人は既にクビを前提に訊いてきた。昔からこういうところはさっぱりしている。  ファンに吸い込まれていく白い煙を目で追いながら、答える。 「俺は……自宅系かな」 「ああ、今流行りのリモートワークってやつか。ってことはプログラムコードの外注とか?」 「いや、自宅警備だ」 「は? 自宅警備って……おま、ニートってこと!? やめとけよ一回でも社会から脱落したら二度と上がっては来れないぞ、あっつうう!?」  本気で心配しているのか煙草を振り回して、その灰が手の甲に落ち、火傷する友人。そそっかしいやつだ。  周囲を見回すフリをして、俺は奴に耳打ちする。 「あのな、お前だから教えてやるけどな、俺、当たったんだよ」 「なにが?」  友人も俺に合わせて声を小さくする。 「ドリー〇ジャンボ3億円」 「3億!!? ずるいぞちょっとくれ!!」 「ばか、声デカい!!」 「3億あったら俺はそこらじゅうのコンビニのうま〇棒を買い占めて……ガ〇ガ〇君を買い占めて……あとあと……」 「お前の夢しょっぼいなぁ……」  豊かな未来を想像していた友人はだんだんと元気を失いしょんぼりした。 「そっか、それじゃあお前は大丈夫だな、問題は俺か……」  そんな友人の肩を俺はわざとらしく叩く。 「安心しろ、1億やるよ」  頷きながら言うと友人は目をぱちくり見開いた。 「…………まじか?」 「まじまじ。俺達は昔から二人で一つだったろ? 見捨てやしないさ」 「うおおおお! やっぱり持つべきものは腐れ縁だな! ありがとう友よ!!」  感激する友人に、俺は煙草の火を灰皿で消しながら諭すように告げた。 「だからさ、頑張ろうぜ残りの仕事。俺達ならできる」 「おう! やってやる! ぜってえ終わらせんぞ!!」  なんだか矛盾している気がするが、友人はやる気だった。  休憩室からオフィスに戻った彼は栄養ドリンクを開けてキーボードを高速でタイピングしていく。 「うおおおおおお!!」  単純は短所であり、長所だ。20年来の腐れ縁故によく知っている。  奴が本気になればできないことはないことも。 「さて、俺も頑張りますか」  パソコンを起動してキーボードに向かう。  カタカタカタカタカタカタ!!!!  オフィスに朝日が差し込むころには、絶望的だったコードの復元は完了し、疲れ切ったスーツの二人は互いに互いをほめたたえた。 「やったな……終わった。これで転職しなくて済む」  俺が言うと、友人もパソコンの前で机に突っ伏しながら答えた。 「あ、ああ……でも、1億円はくれるよな? ……約束、したもんな?」  期待のこもる友人の声に、俺は笑顔を浮かべた。 「悪い、……あれ、お前のやる気を引き出すための嘘なんだ。3000円なんだわ。当たったの」  友人は顔を上げ、俺を指さす。 「お、おま! だ、騙したなぁ!! ……まあいいや、3000円で勘弁してやるよ」 「いいんかい! ……1000円な?」  やわらかい朝日を背に、俺は財布から1000円札を友人に差し出した。
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