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家の中に入って、うわあ、と声が漏れた。女の人がわたしをちらりと見て、また笑顔になる。
最初に目を惹かれたのは、家の中心にある大きな螺旋階段だ。一階には台所や食卓があるらしい。本がびっしり埋まった大きな本棚や重厚感のある机もある。
どうしてこんなに心惹かれるのだろうか。初対面の人の家をジロジロと見回すのはよくないと分かっているけれど止められない。わたしにとって、とても魅力的な空間だった。簡単に心許してしまいそうな安心感がある。ほとんどが木造なのがその理由の一つかもしれない。
胸が楽しそうに躍っている。
「二階は寝室よ。行ってみる?」
「いいんですか?」
「もちろん。あなた、とっても楽しそうに見てくれるから、私、嬉しい。」
彼女に続くように一歩踏み出して気が付いた。そういえば、靴を脱いでいない。目線を下にやると、ずっと山の中を走っていたからか白いスニーカーが酷く汚れていた。この靴で家に上がるのは失礼だろうか。けれど、女の人は黒のブーツを脱がずに中を歩いている。
動けないままでいると、彼女は気付いてくれたのか「そのままで大丈夫よ。」と笑いかけてくれた。
「ありがとうございます。おじゃまします。」
ドキドキを感じながら、歩き始める。
おしゃれで整頓された空間から目を離せない。自分が今どうしてここにいるのかも忘れて、彼女の素性が気になることもなく、ただ心を丸ごと奪われている。
ぐるぐると巻かれたような階段を上がっていると、ぐるるる、と不思議な音が聞こえた。前を進む女の人の足が止まる。
「やだ、私、朝ごはん食べてないの。あなたは食べた?」
振り返った彼女は少し恥ずかしそうに片手を頬に当てていた。モデルがポーズを決めているのかと思うほど様になっている。
「食べました。」
そう言った途端、わたしのお腹もぎゅるる、と音を立てた。顔に熱が集まる。いったん目を逸らして、もう一度女の人を見てみる。簡単に目が合って、彼女は笑った。ふふふ、と目を細めて肩を揺らす彼女を見ていると、わたしもなんだか笑顔になる。
「ごはん、食べましょう。すごく美味しいのよ、うちのごはんは。私の自慢なの。あなたもきっと気に入るわ。」
彼女の言葉に少しの違和感を覚えて首を傾げる。彼女は早足でわたしの横を通り過ぎて、階段を降りていく。彼女が横切ったところから、甘いけれどくどくない、とてもいい香りがして、違和感も忘れてしまった。
それにしても、ちゃんと朝ごはんは食べてきたのに、どうしてあのタイミングでお腹が鳴ったのか。食パン一枚分のエネルギーだと、山を走ったら簡単に消えてしまうらしい。それにしても、恥ずかしい。
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