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熱は引かないまま、わたしも階段を降りる。
女の人の匂いを辿るように食卓へ向かうと、わたしはぽかんと口を開けた。開いた口が塞がらないとはこのことか、と思いながら、だらしなく口が開いていた。
食卓のすぐ傍にある台所。流し台の前にいるのは、女の人ではなかった。黒い物体が浮いている。
え、と言葉にならない声が漏れると、鼻歌を歌っていた女の人がわたしを見る。そしてわたしの視線をなぞって、まばたきを繰り返す。
「あら?まだ言ってなかったかしら。私、魔女なの。こう見えて、百年は生きているわ。ちなみに、この子は使い魔で、私の大切なパートナーよ。」
浮いた黒い物体が動く。百八十度回転すると、金色の瞳がわたしを捉えた。さっき、女の人の肩に乗っていた猫だ。
「怖いなら帰っていただいて結構ですよ。」
黒猫から真っ黒な羽が生えている。そして、小さな口から牙が見えた。女の人と違ってわたしを警戒しているらしい黒猫に笑みを見せた。
「大丈夫。怖くないから。」
あまり驚いていない自分がすこし不思議だ。けれど、女の人は先ほどほうきに跨って宙に浮いていた。わたしを笑うための嘘や質の悪い冗談ではないと思う。
「あら、珍しいわね。みんな怖がったり驚いたりして、すぐに帰っちゃうのよ。」
魔女、らしい。今、目の前にいる女の人は魔女で、なにかを作っている黒猫は使い魔らしい。
信じられないことはない。けれど、誰かに言っても信じてもらえないだろうな、と思う。
魔女だって、この人。そんなことを考えていると、疑問がいくつか浮かぶ。
「質問してもいいですか?」
「いいわよ、どうぞ。」
女の人の向かいの席に腰かける。木製の椅子にはふかふかの黒いクッションが取り付けられていて、座り心地がとてもよかった。ごほん、とわざとらしく咳をしてから、口を開く。
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