長屋王の変

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長屋王の変

藤原不比等は、 官僚としては 誠に優秀と言えた。 天武天皇の頃より 下級官吏として仕え初め、 私(元正天皇)までの 代々の天皇に仕え 数々の功績があった。 法律や文筆の才に優れ、 飛鳥浄御原令の編纂 日本書紀の編纂に関わり 大宝律令編纂において 中心的な役割を果たしてくれた。 彼の4人の息子達 武智麻呂・房前・宇合・麻呂 もまた、 有能な官吏であった。 律令編纂や 平城京遷都などに関わった 不比等亡き後 9人の公卿のうち4人を占め、 729年から737年までの間 朝廷の政治を担った。 一方、 長屋王が重鎮として 存在しているとはいえ、 皇親勢力が弱体化していることは 否めなかった。 神亀元年2月4日(724年3月3日) 首皇子は24歳で即位した。 聖武天皇である。 私(元正天皇)は太上天皇となった。 神亀9年2月9日 (727年11月16日) 聖武天皇の妃 光明子は、 第一子基王を生み 聖武天皇の治世は、 藤原四兄弟の活躍もあり、 穏やかに過ぎるかと思われた。 ところが、 基王が、わずか1歳で亡くなると 不穏な空気が起こり始めた。 皇親政治の打破を目論む 藤原不比等の長男武智麻呂が この悲劇を利用したといわれる。 神亀6年(729年)2月 左京の人従七位下の漆部造君足 (ぬりべのみやつこきみたり)と 中臣宮処連東人 (なかとみのみやところ の あずまびと)が、 「左大臣で正二位の長屋王が ひそかに左道を学んで 国家を傾けようとしています」 と密告。 (『続日本紀』の記述による) これが事件の発端であった。 長屋王が、 以前から 般若心経の写経をしていることを 「左道を学んでいる」と密告したのだ。 これは、 武智麻呂が焚きつけたことと 言われており、 後に誣告(嘘)とわかっている。 長屋王の邸は、 朝廷の軍に取り囲まれた。 私は、この知らせを聞き 帝(聖武天皇)に訴えた。 「長屋王がそなような方ではないことは、よくご存知のはずです。 どうか、 一旦兵をお引きになり、 話し合いをなさってくださいますよう、 お願い申し上げます。」 しかし、帝は 「すでに使者は送ってあり、 申し開くことがあれば聞く旨は伝えてあります。 あのように元気だったのに… 基王は、死んだのです。 呪い殺されたとしか思えません。 長屋王からは、 『何も申し上げることはありません』 との返書がすでに届いております。 兵を引くつもりはありません。」 「本当に、それで良いのですか? 我が腹を痛めてなくとも、 帝は『我子』、 基王は孫と思っております。 悲しみの心は同じなのです。」 「考えを変えるつもりは、 ありません。 どうか、部屋へお戻り下さい。」 「それでは…、 長娥子さまとそのお子達も 捕らえるのですね…? まさか、 吉備内親王と子どもたちは 長屋王と同じ責めを負うが、 長娥子さまとそのお子達は、 お咎めなし…では、ありますまいな?」 「そ、それは…」 聖武天皇が言い淀む側から 藤原四兄弟のひとりが言った。 「上皇様、万が一、 敵が反撃して ここまで兵が来ないとも限りませぬ。 ここは、危のうございますから、 お部屋へお戻り下さい。」 「お黙りなされ! 長屋様は、 ご自分に非がないのに、 そのように無駄な血を流させるような愚かな真似をされる方ではありませぬ。 もう、すでに御覚悟を定めておられるはず… 吉備に、妹に書状を書くので、 後で取りに来るように。 返書だけは、確実に私に届けるように。 よろしいですね。戻ります…」 「吉備内親王へ 何の役にも立てぬ姉を許して下さい。 長屋さまにもあなたにも 何も非がないことは分かっております…。」 それ以上、 何も書くことが出来なかった。 吉備内親王からの返書 「私たちに、 何も羞じることはありません。 姉上様が、 そのことを分かってくださっているだけで、充分です。」 長屋王が、 使者とどの様なやり取りをしたかは、 分からない。 次の日、王は自殺した。 吉備内親王と 所生の皇子、 膳夫王・桑田王・葛木王・鉤取王も 同じく自経した。 一方、 長屋王と藤原 長娥子との間に 生まれた子どもたちは、 罪を問われていない…。 この知らせを聞いた 私は…やはり… (皇親勢力の長、 長屋王を排除すると見せかけて、 その実は、 皇位継承権を持つ 吉備内親王の子たちを除くのが 本当の目的だったのだ…) そう、思った。 母、元明天皇が、 蘇我一族の家刀自として 行ったことが、 このような悲劇を起こすとは… お母様も、よもや 思わなかったに違いない… どれだけの血を流せば、 人は気付くのであろうか… このようなことをしたところで、 子を失った 天皇や光明子の心が 晴れるわけでもないのに… もはや、 何の力も持たない私は、 皆の菩提を弔うのみ… これ以上の悲劇が起こらぬように。
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