吉備内親王

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吉備内親王

その日 私は、 妹の吉備内親王の部屋を訪れていた。 「だいぶ準備も整いましたね。」 「はい、おねえさま。」 長屋王の正妃となることが決まり、 その準備が進められていた。 長屋王を夫として迎えるといっても、 長屋の母は御名部皇女、 吉備内親王の母、 阿閇皇女の同母姉であるから、 元々同じ敷地内で育っていた。 なので、 外から通って来るわけではなく、 ふたりのために 新しい屋敷が建てられていた。 長屋王にはすでに、 何人かの通い所があり、 子も居た。 吉備内親王を正妃とした後は、 新しい屋敷から 別の女たちの元へ 通う事になるのだろう。 吉備内親王は、 姉氷高皇女が凜とした美人とすれば、 大人しく可愛らしい女性であった。 「吉備、 長屋王様は尊い身分のお方故、 すでに、 お通いになっている女人も 御子もおありです。 それでも、 臆することはありません。 あなたが正妃であることは 疑いのないことで、 あなたが長屋王様を お支えしてゆくのです。 長屋王様は誠実で優しいお方。 必ずや、 大切にして下さることでしょう。 幸せになるのですよ。」 「はい、おねえさま。 ありがとうございます。」 そう答えながら、 吉備内親王は心の中で 詫びていた。 (おねえさま、ごめんなさい。) 姉と長屋王が、 互いに想いあっていることは、 幼い頃から見ていて 分かっていた。 ふたりが仲睦まじくいる姿は美しく、 吉備内親王にとっては、 憧れであった。 事情があるとはいえ、 姉が独身を通しているのに、 自分だけが 夫を迎え幸せになる。 母や持統のおばあさまからも 「それぞれに、 役目というものがあるのです。 氷高には氷高の役目が。 吉備は、長屋王と添って子をなし 蘇我の血を絶やさないという 大事な役目を担っているのです。 姉に申し訳ないと思う必要は ないのですよ。」 そう、言われていた。 やがて、 吉備内親王と長屋王の間には、 膳夫王・葛木王・鉤取王 3人の王子が生まれた。 長屋王は、 朝政の重鎮として 皇親としても ますます重きを成していった。 頼もしく優しい夫と 3人の王子に恵まれ 何もかもが順風満帆に思われた。 しかし、 それは嵐の前の 静けさだったのである。
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