9、店舗改装のため一週間営業を休止します

5/8
前へ
/56ページ
次へ
 貴広は奥のボックス席を工事中の居場所と定め、PCを広げていた。  普段出来ない事務仕事を、一気に片づける。  ついでに店で出せるフードのレシピを、いくつか探しておこう。  長く座っていると、これはこれで腰に来る。  歳かな……。 「おー、順調に進んでんな」  生駒が何やら手に提げて、夕暮れ色のドアから顔を出した。  貴広は、生駒が職人さんたちの邪魔をしないよう、自分の座るボックス席へ誘導しながら、順調な工程をざっくり説明した。  生駒が持って来たのは差し入れだった。缶コーヒーとドリンク剤。職人さんの人数が分からなかったので、とりあえず個数を多くしたらしい。 「みなさん、ちょっと休憩になさいませんか」  貴広は職人さんたちに声をかけ、差し入れを配った。四十、五十代中心の彼らは、喜んで受け取ってくれた。 「んで、お前は何だ。工事を見に来たのか」 「そういう訳じゃないけど」  職人さんたちに配った缶コーヒーの残りを、生駒は貴広に一本、自分で一本取り、プシュッと開けた。貴広の落としたコーヒーが飲めないのは、充分承知だったろう。  クールビズというヤツか、生駒は今日はカッターシャツに綿のパンツ、首にはノーネクタイで柔らかい生地のジャケットを引っかけている。  ラフな格好だが、ジャケットなぞはどうせ七、八万するんだろう。靴は六桁のいつものヤツだ。 「なあなあ、今日は工事、何時頃終わる?」  生駒は向かいの席から身を乗り出してそう訊いた。貴広はカウンターにチラと目をやった。 「さあな。今日の搬入作業は順調らしいから、そろそろ終わるんじゃないか。どうした?」 「メシ食おうぜ」  生駒はそう貴広を誘い、目だけで店内をクルリと見回した。 「いないんだろ? 良平クン」  また面倒なことを。  貴広は憮然と返事した。 「ああ、ワリカンならな」  生駒はそそくさと席を立った。 「マズいメシは食いたくねえ。今日は帰るわ」  あっさり生駒は出て行った。  何て失礼なヤツだ。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加