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貴広は奥のボックス席を工事中の居場所と定め、PCを広げていた。
普段出来ない事務仕事を、一気に片づける。
ついでに店で出せるフードのレシピを、いくつか探しておこう。
長く座っていると、これはこれで腰に来る。
歳かな……。
「おー、順調に進んでんな」
生駒が何やら手に提げて、夕暮れ色のドアから顔を出した。
貴広は、生駒が職人さんたちの邪魔をしないよう、自分の座るボックス席へ誘導しながら、順調な工程をざっくり説明した。
生駒が持って来たのは差し入れだった。缶コーヒーとドリンク剤。職人さんの人数が分からなかったので、とりあえず個数を多くしたらしい。
「みなさん、ちょっと休憩になさいませんか」
貴広は職人さんたちに声をかけ、差し入れを配った。四十、五十代中心の彼らは、喜んで受け取ってくれた。
「んで、お前は何だ。工事を見に来たのか」
「そういう訳じゃないけど」
職人さんたちに配った缶コーヒーの残りを、生駒は貴広に一本、自分で一本取り、プシュッと開けた。貴広の落としたコーヒーが飲めないのは、充分承知だったろう。
クールビズというヤツか、生駒は今日はカッターシャツに綿のパンツ、首にはノーネクタイで柔らかい生地のジャケットを引っかけている。
ラフな格好だが、ジャケットなぞはどうせ七、八万するんだろう。靴は六桁のいつものヤツだ。
「なあなあ、今日は工事、何時頃終わる?」
生駒は向かいの席から身を乗り出してそう訊いた。貴広はカウンターにチラと目をやった。
「さあな。今日の搬入作業は順調らしいから、そろそろ終わるんじゃないか。どうした?」
「メシ食おうぜ」
生駒はそう貴広を誘い、目だけで店内をクルリと見回した。
「いないんだろ? 良平クン」
また面倒なことを。
貴広は憮然と返事した。
「ああ、ワリカンならな」
生駒はそそくさと席を立った。
「マズいメシは食いたくねえ。今日は帰るわ」
あっさり生駒は出て行った。
何て失礼なヤツだ。
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