9、店舗改装のため一週間営業を休止します

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 良平のいない数日、生駒はちょいちょい顔を出した。  クールビズ仕様の普段着だったり、客先へ出向くスーツだったり、日によって様々な生駒を見ていると、貴広は昔を思い出す。  微妙なライバル関係で始まった。何と言っても、同期なのだ。取引先が被ったときは協力関係だったり。公私ともに交わりができた。歳は違ったが考え方が少し似ていて、一緒にいても齟齬がなくて。  たびたび一緒に仕事をするうち、最大の共通点――マイノリティであること――を知り、そこからは。   つき合っていた……と、思えなくもなかった頃。  不思議と組まされることが多かった。ふたりでマレーシアへ行った。フィリピンにも行った。  出張先で現採組と意見が合わず、ケンカもした。どちらも折れず、最後には貴広たち出張組と、彼ら現採組とで飲み比べをして大勝ちし、有無を言わさず意見を通して、ついに仲良くなったものだ。  商談をまとめて桁の違う利益をふたりで出したときには、デカいボーナスで日程を合わせてセブに行った。 「そうだ。そんなこともあったよな」 「何でプライベートでまで東南アジア行ったんだ、俺ら。ヨーロッパでもどこでも、仕事関係ないとこ行けばよかったじゃねえか」 「お前が言ったんだろ。『時差がタリィし、仕事に勝って寒いトコ行きたくねえ』って」 「そうか、そうだったな」  仕事終わりに寄った生駒は、コーヒーが出ない工事中の「喫茶トラジャ」に、デリバリーでコーヒーの出前をさせた。出前コーヒーもまあ悪くないが、紙コップの味がするのが残念だ。 「バンガローでメシ食ったな。あんときのフランス料理、旨かった」  生駒はそう言って屈託なく笑った。 「よく覚えてんな」 「ふたりでワイン飲み過ぎて、グダグダになって。アッチはすっかりダメんなってさ」  幾ら若くても、あれだけ飲めば。 「みっともないし悔しいのに、何かヘンなスイッチ入って、笑い転げて。何がおかしいのか全然分からんのに、止まらなくて――」  生駒はケラケラと笑う。  それはそれなりに、楽しかった日々。  若かった日々。怖いものなど何もなくて。 「俺たちはいつまでもこんな風に、自由に生きてくんだと思ってたな」  貴広は腕を組んで頷いた。 「ああ、思ってた」 「ま、俺は今でも自由だけど」  そううそぶいた生駒のポケットでスマホが鳴る。 「あ、お嬢からLINEだ」  取り出したスマホの画面を指で数度叩き、生駒は出てきた画像を貴広へ向けた。 「また買いものの相談だよ。今度はマイセンのティーセットだって。お前、こういうの分かる? 喫茶店のご店主さまだし」  貴広はスマホを向ける生駒の手を遮った。 「俺に見せようとすんなよ。無神経だな」  貴広の苦い表情に、生駒は素直に手を引っ込めた。 「そうか。そうだよな」 「俺なんかより、現役商社マンのお前の方が、価値とか相場とか分かんじゃないの」 「いや、俺、農産物とか石とかしかやったことないから。文化的なものは全く分からんのよ」  生駒は「どれ……」と呟いて、パタパタと指で返信を打った。  その様子を向かいで眺めていた貴広は、コーヒーをひと口飲んで言った。 「お前は奥さん大事にしてんだな。意外だわ」  生駒は「何でよ」と眉を上げた。 「俺、そんなに人格破壊されてるように見えてた?」 「破壊されてっだろ。エゴイストだもんな」  生駒は大きく頷いた。 「エゴイストだなあ。まあ、お嬢と結婚したのも、俺のワガママだもんな」  聞きたくないのに貴広は、生駒が何を言うのか、ついつい耳を傾けてしまう。 「このひとはねえ、可愛いひとだよ。俺なんかには、もったいないんだな。だから俺は、罪滅ぼしに金を稼いで持ち帰るよ」  M商事の上役の令嬢なら、出世には大きいアドバンテージだろう。そのせいでおかしな任務を仰せつかることがあっても、無事クリアした際にはまた大きな点数が入る。  生駒は今や、巨大商社M商事の、未来の役員候補だ。  貴広は、ずっと疑問だったことを口にした。 「お前……女は、大丈夫なのか」  作業中の職人さんたちの耳に入らないよう、小さな声で。
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