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生駒は笑って答えなかった。
大事にされて、真っ直ぐ育ったお坊ちゃま。生駒はそういう存在なのだと高広は思う。母親との関係も良好で、詳しくは知らないが、確か女きょうだいとも仲がよくて。
貴広も育ちは悪くない。両親は離婚したが、どちらとも交流が持てているし、どちらかが他方を大いに憎み、そのグチを聞かされて育ったということもない。
ただ、自分のセクシュアリティを隠して、独り身でいるのが息苦しくなっていた。
親との会話で、同僚とのやり取りで、何かをごまかしながら辻褄を合わせながら、どこか綱渡りをしているような感覚があった。うんざりだった。
生駒との宙ぶらりんな関係も、キレイさっぱり断ち切りたかった。
頻繁に逢瀬を重ねるでもないが、生駒の気分で連日連絡が来たり、何週間も音沙汰なかったり。生駒の都合で振り回されるのには飽き飽きだった。
祖父の葬式も、片づけも、手伝いにも来ず、ねぎらいの言葉もなかった目の前のコイツとは。
もう、二度と会うこともないだろう。そう、思っていたのだ。
「俺、こんな際どいポジションだけど。……それでも、札幌に来れてよかったと思ってる」
生駒は意外なほど澄んだ目をしていた。
「貴広、俺、少しでもお前の役に立てて嬉しいんだよ」
そんなことを今さら言われても。どういう積もりなのかこの男は。
「そーゆーのはさあ、お前の結婚式に包んだ五万円で終わってっから。今度の件はあくまでお宅の余剰資金の運用だから。投資なの。利回りはちょっと申し訳ないことになってけど、ビジネスな? 分かった?」
「そういことにしとっか。お前も固いな」
今日の分の作業を終わり、職人さんたちは帰っていった。
「『しとっか』じゃなくて、そうなの」
貴広は生駒のことも叩き出した。夏の近い夕暮れはまだまだ明るい。
「……ってか、もう帰れ、遅いぞ。そんで、旨いもん食いに行けよ」
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