9、店舗改装のため一週間営業を休止します

7/8
前へ
/56ページ
次へ
 生駒は笑って答えなかった。  大事にされて、真っ直ぐ育ったお坊ちゃま。生駒はそういう存在なのだと高広は思う。母親との関係も良好で、詳しくは知らないが、確か女きょうだいとも仲がよくて。  貴広も育ちは悪くない。両親は離婚したが、どちらとも交流が持てているし、どちらかが他方を大いに憎み、そのグチを聞かされて育ったということもない。  ただ、自分のセクシュアリティを隠して、独り身でいるのが息苦しくなっていた。  親との会話で、同僚とのやり取りで、何かをごまかしながら辻褄を合わせながら、どこか綱渡りをしているような感覚があった。うんざりだった。  生駒との宙ぶらりんな関係も、キレイさっぱり断ち切りたかった。  頻繁に逢瀬を重ねるでもないが、生駒の気分で連日連絡が来たり、何週間も音沙汰なかったり。生駒の都合で振り回されるのには飽き飽きだった。  祖父の葬式も、片づけも、手伝いにも来ず、ねぎらいの言葉もなかった目の前のコイツとは。   もう、二度と会うこともないだろう。そう、思っていたのだ。 「俺、こんな際どいポジションだけど。……それでも、札幌に来れてよかったと思ってる」  生駒は意外なほど澄んだ目をしていた。 「貴広、俺、少しでもお前の役に立てて嬉しいんだよ」  そんなことを今さら言われても。どういう積もりなのかこの男は。 「そーゆーのはさあ、お前の結婚式に包んだ五万円で終わってっから。今度の件はあくまでお宅の余剰資金の運用だから。投資なの。利回りはちょっと申し訳ないことになってけど、ビジネスな? 分かった?」 「そういことにしとっか。お前も固いな」  今日の分の作業を終わり、職人さんたちは帰っていった。 「『しとっか』じゃなくて、そうなの」  貴広は生駒のことも叩き出した。夏の近い夕暮れはまだまだ明るい。 「……ってか、もう帰れ、遅いぞ。そんで、旨いもん食いに行けよ」
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加