9、店舗改装のため一週間営業を休止します

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 新しい機材もパズルのようにはまって、今日で大体作業を終わる。カレンダーは土曜になっていた。  明日日曜は、一応、予備日として取ってある。  細かな熟練技が必要なのか、今日は年かさの職人さんがふたり入っているだけだ。搬出や搬入のような人手はもう要らないということだろう。  夏が近いのに、肌寒い。  エアコンを入れたくなる気温だった。ドアの向こうを赤い傘が行き過ぎた。雨だ。 「今日は冷えるわねえ」  ゆうこママがひょいと顔を出してくれた。  貴広は、事務仕事をしていたPCをパタリと閉じ、自分の向かいへと招き入れた。昨日生駒が長居していった席だ。  ゆうこママは「温かいものの差し入れ」と笑って、紙袋を差し出した。 「商売屋さんに失礼だけど。職人さん方も、よかったら休憩に」  紙袋にはスタバのトラベラーが入っていた。返却不要のテイクアウト容器に入ったコーヒーのセットだ。  貴広はお礼を言いながら、人数分、付属の紙コップをテーブルに並べた。職人さんも休憩すると言ったので、ゆうこママがコーヒーを手渡した。美人から笑顔で紙コップを渡されて、彼らはほんのりと幸せそうだった。  ゆうこママは作業も終わりつつある店内を見回した。 「あんまり雰囲気は変わらないのかしら」  貴広は温かいコーヒーをありがたくいただいた。 「カウンターの内側を総取っ替えするだけですから」  客先から見える風景は、特に変わらないだろう。 「じゃあ、お店のひとは動線変わるわね」  さすがママ。経営者目線だ。 「そうでもないです。もともとふたりで動くのを想定して作った造作でした」  貴広はそう言って小さく息を呑み、少しして、また続けた。 「……工事費もかかりましたし、バイト雇って、人件費払ってる場合じゃない」  ゆうこママは紙コップをテーブルに置いた。 「本気でそう思ってるの?」  貴広は黙っていた。 「良平君はまだ帰ってきてないの?」 「ええ。しばらくは向こうです。あちこち回ってくるみたいで」  ゆうこママはキレイに整えた自分の爪の先を眺めて言った。 「お金がかかるわね」 「そうでもないみたいですよ。LCCで片道一万円。向こうでは、友人のところを泊まり歩くって」 「あなたは平気なの?」  ゆうこママには、どこまで知られているのだろう。貴広は、それらしい誤魔化しもせず素直に答えた。自分でも意外だった。 「はは。こんなオッサンはね、若者にとっては踏み台ですよ」  貴広はソファにぐったりと寄りかかった。言ってしまってから、その言葉に自分がダメージを受けていることに気づく。  ゆうこママは、キッと貴広に向き直った。 「今の欲望は、今叶えないと!」 「は」  ゆうこママの目がキラッと輝いた。  ゆうこママは立ち上がり、そして言った。 「じゃね、マスター。若いひとと違って、あたしたちには、やり直しルートが無限にある訳じゃないのよ」 「ゆうこさん……」  ゆうこママは雨の中へ赤い傘を差して出ていった。 (…………)  貴広は狭い階段を二階へ上がり、ポケットのスマホを取り出した。 「……ちょっと来い。この土日は大人しくこっちにいるんだろ」
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