92人が本棚に入れています
本棚に追加
「こんにちは……あら。イケメンさんがもうひとり増えてるわね」
ゆうこママだった。
ゆうこママは後ろを振り返って言った。
「栗田さん、ライバル出現じゃなくて?」
栗田さんがゆうこママに従いて入ってきた。
「は……我が存在を脅かす新たなエリートサラリーマン、生駒氏。……ママ、仕方ないのですよ。有能な人間は、常に有能な人間を引き寄せるものでして」
栗田さんの闇人格が、また好き放題言っている。
ゆうこママは栗田さんに微笑で応じ、事務仕事をするときの奥のボックス席へ座った。
栗田さんは生駒の隣に座り、ボケてるのかツッコんでるのか、どちらともなく下らないバカ話をのんびり楽しむ。
良平が、ゆうこママのオーダーした、チーズケーキとコーヒーのセットを運んだ。
「お待たせいたしました」
「ありがと」
「あの」
良平がトレイを胸に抱え、テーブルの脇に立ち止まった。
「ん? なあに?」
ゆうこママは良平を見上げた。明かり取りの窓の下、ゆうこママの後れ毛が逆光に光る。
「あの……ありがとうございました。おかげさまで、俺……あの」
ゆうこママは何かを了解したらしく、楽しげにふふと笑った。
「マスターと、仲直りできたのね」
とくにケンカをしていた訳ではなかったが、良平は否定しなかった。貴広とそういう関係にあることも、とくに否定しなかった。このひとに打ち明けたこともなかったが。
「……はい」
良平はひと言ただそれだけ答えた。自分の頬が熱かった。幸せそうに笑ってるんだろうなと自分でも分かった。
幸せに頬を染めて。
良平は腰を折り頭を下げてテーブル席を離れた。
カウンター席では、生駒と栗田さんがバカをやっていて、それを呆れ顔の貴広が止めることもなく眺めている。
もうすぐランチの時間だ。
アイスコーヒーの残量を確かめておかなくちゃ。
良平は真新しい業務用の冷蔵庫を開けた。
カラ……ンと涼やかな鐘が鳴る。
良平は顔を上げて口を開いた。戸口を振り返った貴広の声と重なる。
「「いらっしゃいませ」」
最初のコメントを投稿しよう!