1. 謎の小劇団

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 今日こそ、お父さんに言わないと……。  決意を固めたのは、小学六年生の初秋だった。まだ夏休み気分は抜けていない。  僕、川井仁太は、まだ誰にも打ち明けていない夢がある。  一年前からずっと、密かに抱いていた夢。それを今日、お父さんに打ち明ける。そして、応援してもらえるように説得するんだ……。 「お父さん! 話があるんだけど」 「ん? どうした? 勉強を教えてほしいのか?」 「い、いや、違うけど……」 「何だ、だったら後にしてくれ。お父さんはもう出なきゃいけないんだ」 「ちょ、ちょっと!」  いってきまーすの大きな声と同時に、お父さんは家を出て行った。やっぱり朝の時間に話をしようとしても、聞いてはくれなかった。  はぁーと大きく溜息をつく。今だったら言えると思ったのに、今日も言えなかった。 「どうしたの仁太。お父さんに話があるなんて」  心配そうにお母さんは聞いてくるけど、お父さん以外にこの話をする気にはなれない。  結局お父さんの許しがないと、何もやらせてもらえないから。お母さんに言っても意味がないし、時間の無駄になる。  お父さんが完全に主導権を握っているのだ。 「何でもない。僕も学校行ってくるね」  いつもよりも、少し早めに家を出た。通学路を歩きながら、朝言えなかったというモヤモヤを感じている。  今日こそはと思っていたのに、やっぱりお父さんを目の前にするとどうしても上手くいかない。僕の夢を、言わなければいけないのに……。  僕の夢……それは、声優になるということだ。  一年前に見た声優の密着ドキュメンタリーを見て、初めて心を打たれた。  今まで見ていたアニメの世界の裏側を見た気がして、とても感動したのだ。声を変えながら、真剣にセリフを話しているあんな声優に、僕もあんな風に、声だけで演じてみたい。  おかっぱ頭で背が小さくて、おまけに丸眼鏡をしているせいであだ名が『ガリ勉』の僕にだって、声優になれるチャンスはあるはず。  でも……お父さんはきっと、それを許してくれないと思う。
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