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あの人の絵をずっと眺めていたかった。そこにあるのが己の姿であろうとなかろうと構わなかった。次々と現れる紺青に浸るだけで満たされた。
満たされて―我に返る。
「あなたはわたしを美化しすぎている。それが時折、ひどく滑稽だ」
同じ言葉を返される予感はあった。
あなたの絵は、青色は、綺麗だ。しかしあなた自身はそうではないだろう。
寄せては返す流動体のわたしにとどまるよう言ったのは、征服だ。やはり支配だ。形を変えることは出来ても動けないのなら同じこと。残酷という自覚すらないのならばそれこそ残酷だ。おぞましくて汚い、人間だ。俗物だ。
「そうだろうか。絵を、心象が表出された結果の一つだとするならば、狙いは成功していると言わざるを得ない。好ましいと思うものを美化するのは必然だろうから」
やり取りはいつもこうだった。分かり切ったことを確かめる。かたちのない問いにそれらしく答えてまた問い直す。不均等な感覚のやりとりが新鮮だった。
わたしを描いている間、遠くを見ることが多くなった。過去の影を探すように。絵筆を握るきっかけとなった惨禍を思い出しているのかもしれなかった。髪の白い部分が多くなって、それだけの年月も経った。
波を見て。とわたしはさざめく。
見ること。見られること。ひとりきりのわたしと、ひとりきりのあなたが、たがいをおもうこと。真剣にまなざそうとつとめること、真っ直ぐなまなざしを、真っ直ぐに受け取ること。
それがきっと、わたしがあの人から受け取った、愛だった。
「感情である以上、何かに向けた気持ちは、少なからず自己愛を内包するだろう。自分が見たいと思ったものを多かれ少なかれ相手へ投影させて幻影を作り出す。また、おまえをわたしの色に染め上げたいと思うのも、自己愛の形をした他己愛なのだろうね。自分の満足がいくように他人を変化させたいと思うのは紛れもない利己心だ。しかしそうすれば相手がよりよい状態になるだろうと願う度合いを突き詰めたものだとすれば、暴走しているにせよ他者を思う心の発露だと言うほかはない」
「有難迷惑でしょう、そんなもの」
「あぁ、その通りだ」
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