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 わたしたちは不出来で、自分が差し出したまなざし以外のものを扱うのが、ひどく不得手だった。  大きさ、色合い、温度、かたち。それかのどれか一つでも自分にはそぐわないと判断するとすぐに不快感を示す。  それを悪とは言い切れない。左右が反対になった靴を履くことにさえ、人間は不快感を覚えるから。 「しかしわたしはまなざすことを止めないよ。見て、描きしるすことを止めはしない。独りよがりの行為の中に、ほんの一かけでも分かち合えるものがあれば良いと思うからね」  聞こえの良い言葉で糊塗した本音はすぐに晒される。そのことをよく知るあの人だったから、言葉少なに真実を語った。  端的な真実も確固たるものではあるが、目には見えない。ならばどくどくと力強く脈打っている、あなたの心臓が欲しい。  巫山戯た風に強請ったことがあった。その気になれば出来ることだった。わたしは波として、あなたを海底へ引き摺り込んで抱くこともできたのだ。  しかしあの人は、優しくもきっぱりと拒絶を見せた。 「心臓なんて貰われてたまるか。わたしはきれいに忘れられないと困るんだ、おまえが固執するものになどされないさ。変化するおまえを愛しているのだから、おまえが留まる理由などに成ってはやらないよ」  まったく、愛されることはいつもままならなくて、愛することは常に身勝手だ。
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