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いつしかわたしは描かれることを何とも思わなくなり、最中に軽口を交えることもできるようになった。変わりながら、変わらないままで、あの人の相手になった。
それだから忘れていたのだろう。不変も普遍も、紙一重の事象だと。
「明日でおまえを描くのは終いだよ」
とうに決めていたことだと。
昨日と同じように青色を載せながらあの人は言う。
「この町を離れることにしたんだ。知っているか、よそとの争いがまた始まるそうだ。もっと田舎に引っ越すよ。ここは美しい土地で、以前に比べて人間も増えたから。今度こそ狙われ、奪われてしまうかもしれない。……こんなに生きても命は惜しいのだから、おかしいね」
いつかの戦いのさなかにいた経験があるとは言え、老いた身では呼び戻されることはないだろう。しかし、心は呼び戻される。何度でも。わたしは、あの人が過去を追う目が苦手だった。
「だからおまえも、どこへでも行くと良いさ」
「どこへも行けない。今更」
あなたがいる海のほかはどこも。
そう告げてあなたを困惑させると分かっていても。
変わり続けるわたしはもう、あなたに全てを変えられてしまったのだ。
同じところへ留まり続けたいと、あなたの目で留めて欲しいと、烏滸がましくもそう思ってしまった。
あなたの紺青に、わたしは既に染まってしまったのだ。
「あなたが居なくなるのなら待つのもお終いだ。もう待たないから、わたしを完成させて」
プルシアンブルーの魔法が溶ける前に。最後まで、わたしを描いて欲しかった。
「最後まで愛して。そうすればきっと、あなたは幸せだ」
「……おまえを描き始めたときからずっと、わたしは幸せだったよ」
さぁ、続きを描こう。
と、あなたの声が遠くに聞こえた。
砂を三回なぞる頃には、わたしはもう、ここにはいない。
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