1-7

1/1

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

1-7

 いつしかわたしは描かれることを何とも思わなくなり、最中に軽口を交えることもできるようになった。変わりながら、変わらないままで、あの人の相手になった。  それだから忘れていたのだろう。不変も普遍も、紙一重の事象だと。 「明日でおまえを描くのは終いだよ」  とうに決めていたことだと。  昨日と同じように青色を載せながらあの人は言う。 「この町を離れることにしたんだ。知っているか、よそとの争いがまた始まるそうだ。もっと田舎に引っ越すよ。ここは美しい土地で、以前に比べて人間も増えたから。今度こそ狙われ、奪われてしまうかもしれない。……こんなに生きても命は惜しいのだから、おかしいね」  いつかの戦いのさなかにいた経験があるとは言え、老いた身では呼び戻されることはないだろう。しかし、心は呼び戻される。何度でも。わたしは、あの人が過去を追う目が苦手だった。 「だからおまえも、どこへでも行くと良いさ」 「どこへも行けない。今更」  あなたがいる海のほかはどこも。  そう告げてあなたを困惑させると分かっていても。  変わり続けるわたしはもう、あなたに全てを変えられてしまったのだ。  同じところへ留まり続けたいと、あなたの目で留めて欲しいと、烏滸がましくもそう思ってしまった。  あなたの紺青に、わたしは既に染まってしまったのだ。 「あなたが居なくなるのなら待つのもお終いだ。もう待たないから、わたしを完成させて」  プルシアンブルーの魔法が溶ける前に。最後まで、わたしを描いて欲しかった。 「最後まで愛して。そうすればきっと、あなたは幸せだ」 「……おまえを描き始めたときからずっと、わたしは幸せだったよ」  さぁ、続きを描こう。  と、あなたの声が遠くに聞こえた。  砂を三回なぞる頃には、わたしはもう、ここにはいない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加